夢売るふたり

2012/07/06 アスミック・エース試写室
松たか子と阿部サダヲが夫婦で結婚詐欺師になる物語。
松たか子がすごい迫力の芝居をする。by K. Hattori

Yumeurufutari  夫婦で小料理屋を営んでいた貫也と里子は、不注意で火事を出して店を失ってしまう。保険金が入って負債を抱えることはなかったものの、10年がかりでようやく手に入れた自分たちの店を再開する資金にはほど遠い。「また10年がんばろうよ」と励ます里子に、「10年は長すぎる」と涙ぐむ貫也。だがある出来事をきっかけに、里子はとんでもないことを考える。都会で孤独な生活を送っている女性たちにつかの間の恋のヒロインを経験してもらう代償として、彼女たちから店の開店資金を援助してもらおうというのだ。平たい話が結婚詐欺である。夫婦で料亭に勤め始めたふたりは、仲居として働く里子が客の間を回ってターゲットを物色してシナリオを作り、貫也がそのシナリオ通りにターゲットを口説くという息の合った芝居で、またたく間に何人もの女性からまとまった金を引き出して行く。

 監督・脚本は『蛇イチゴ』『ゆれる』『ディア・ドクター』の西川美和。この監督は一貫して、「ウソをつく人間」をモチーフに映画を撮っているような気がする。僕は『ゆれる』は未見なのだが(いつか観なきゃな)、『蛇イチゴ』は口から出任せのウソばかり付いている兄と家族の物語だったし、『ディア・ドクター』は偽医者の話だった。だが『蛇イチゴ』や『ディア・ドクター』がウソをつく人間のすぐ近くにいる人間の視点から物語を綴っていたのに対し、今回の『夢売るふたり』ではウソをつく人間たち本人の視点から物語を組み立てている。しかしこの映画で改めて浮かび上がってくるのは、「ウソをつく人間」が持つ不思議さではない。この映画の中でウソつき係になる貫也(阿部サダヲ)は、むしろわかりやすい人間なのだ。彼は頭空っぽ、何も考えないまま、ただ妻の里子が命じるままに動き始めたに過ぎない。むしろ謎めいているのは妻の里子だろう。

 里子を演じているのは松たか子だが、今回の映画の彼女は、度胸の据わった若き大女優の貫禄を感じさせる。里子の複雑な心の内はほとんど台詞としては描かれていないが、それを無言の芝居の中で観客に感じさせるシーンがいくつかあり、そこには観ていてゾッとするような迫力がある。だいたい詐欺師の話はコミカルな物語になることが多く、それはこの映画でも同じだ。貫也が女たちを騙す場面や、一杯食わされている女たちがそれと知らずにどっぷりと恋愛ドラマのヒロインになってしまうシーンはおかしくてしょうがない。しかしこの映画がコメディになっていないのは、物語の中心で映画全体を支配しているのが里子だからだろう。

 この映画は何人かで観るといいと思う。映画を観た後に、登場人物たちの「なぜ?」について誰もがあれこれ語りたくなるだろう。なぜ里子は貫也を結婚詐欺師に仕立てたのか。なぜ貫也は突然結婚詐欺の才能に目覚めてしまったのか。貫也は家に戻るだろうか。里子は貫也を待つだろうか。そうした解釈の数だけ、この映画から新しい物語が生まれるのだ。

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9月8日公開予定 新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給・宣伝:アスミック・エース エンタテインメント
パブリシティ:P2、共同PR
2012年|2時間17分|日本|カラー|1:1.85|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://yumeuru.asmik-ace.co.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:夢売るふたり
サントラCD:夢売るふたり
関連DVD:西川美和監督
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