アメイジング・グレイス

2011/02/10 シネマート銀座試写室
イギリスの奴隷廃止運動家ウィリアム・ウィルバーフォースの生涯。
政治信念に命をかけるとはこういうことだ。by K. Hattori

Amazing_grace  かつて世界の海を支配して巨万の富を築き上げた大英帝国だが、その富の源泉になっていたのが奴隷貿易だった。18世紀のイギリスは国内で生産した商工業生産品を西アフリカに持ち込み、それと引き替えにアフリカから黒人奴隷を連れ出し、カリブ海の西インド諸島に運んで、現地で作られている綿花やタバコや砂糖をイギリス本国に運んだ。黒人奴隷はアメリカが有名だが、西インド諸島はその中継地。アメリカに黒人奴隷を供給していたのは、じつはイギリスの奴隷商人たちだった。奴隷はイギリスの港を経由することなくアフリカと西インド諸島の間で運搬されていたので、イギリス人たちは奴隷問題にまったく無頓着。それでもこの非人道的で不道徳な奴隷貿易を廃止するため、国を動かそうと戦う人々がいた。この映画の主人公ウィリアム・ウィルバーフォースは、その中心として働いた政治家だ。

 映画はウィルバーフォースの生涯を時系列に描かず、彼が議会に提案した奴隷廃止法案が何度目かの否決を受け、過労で健康を害した彼が打ちひしがれて友人宅で静養を始めるところで幕開けとなる。21歳の青年政治家として国会にデビューしたウィルバーフォースも、今では37歳の疲れた中年男。映画はここから、過去10数年にわたる彼の政治生活を回想形式で描いていく。聖職者としての道に踏み出すべきか、それとも政治家としての活動を続けようかと迷う彼に、奴隷貿易廃止運動家への道を示した人々との出会い。奴隷貿易の非人道性を示す証拠を集め、啓蒙活動や支援者集めに奔走し、目の前に明るい道筋が見えてきたと思った矢先に起きたフランス革命とナポレオン戦争。イギリス国民の間に広まる愛国主義は、国益に反する奴隷貿易廃止を国家に対する反逆と見なしてウィルバーフォースたちへの逆風となる。

 奴隷廃止というとアメリカのそれをつい連想するのだが、イギリスの奴隷廃止運動は人々の目に直接奴隷の姿が見えていなかっただけに、むしろ困難なものになったようだ。人間は目の前で行われる悪徳は嫌悪するが、隠れたところで行われている悪徳は得てして必要悪として許容してしまう。ウィルバーフォースたちの戦いは、この隠れた悪の実態を表面に出すことにあった。こうした活動の原動力になったのがウィルバーフォースの信仰であり、それを象徴するのが映画のタイトルにもなっている賛美歌「アメイジング・グレイス」だ。この曲の作者であるジョン・ニュートンはウィルバーフォースの友人で、奴隷船の船長から牧師になったという人物。映画の中で「アメイジング・グレイス」やジョン・ニュートンはあくまで脇役なのだが、これらは映画にロマンチックで叙情的なムードを漂わせることに貢献している。

 派手さはないが手堅く端正にまとめられた良質な作品。監督は『ナルニア国物語/第3章:アスラン王と魔法の島』のマイケル・アプテッド。

(原題:Amazing Grace)

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3月5日公開予定 銀座テアトルシネマ
配給・宣伝:プレシディオ
2006年|1時間58分|イギリス|カラー|ビスタサイズ|DOLBY DIGITAL
関連ホームページ:http://www.amazing-movie.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:アメイジング・グレイス
サントラCD:Amazing Grace
日本版イメージソング収録CD:ETERNAL HARMONY(本田美奈子)
関連DVD:マイケル・アプテッド監督
関連DVD:ヨアン・グリフィズ
関連DVD:ロモーラ・ガライ
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