ハッピー・ポエット

2010/10/28 TOHOシネマズ六本木ヒルズ(スクリーン1)
何の経験もないまま自然食サンドイッチの屋台を始めた青年。
主人公の無表情振りがなぜか心に残る。by K. Hattori

Tiff_2010  大学を出た後これといった仕事もしていなかった青年ビルは、一念発起して自然食サンドイッチの屋台販売を始めることにする。だが開業資金を借りようと銀行に行っても、貸してくれたのはたったの750ドル(6万円)。それでもこれを元手にホットドッグの中古屋台を月賦で買い、材料を仕入れ、ビジネスマンたちの通勤路である公園入口に屋台を出し始めた。初日の売上はゼロ。それでもやけになってサンプルで手渡したサンドイッチが大受けだったことに気をよくして、ビルは翌日も同じ場所に屋台を出すことにする。やがて彼の仕事を手伝ってくれる仲間もできた。お客も増えて仕事は忙しくなってくる。だが自然食サンドは原価が高く、売っても売っても赤字がかさむばかり。それに比べるとホットドッグは原価を抑えられるし利益率が高い。ビルは自然食サンドの屋台を、ホットドッグの屋台に切り替えようか悩むのだが……。

 主人公ビルを演じたポール・ゴードンが、製作・監督・脚本・編集を兼ねて作った、ちょっとほろ苦い味わいのするコメディ映画。ひとりの若者が起業して、苦労して、それでも仲間に囲まれて、恋も実らせて、一度は挫折して、それでも最後はハッピーエンドという、いわばありふれたサクセスストーリーのどこが面白いのか? 僕はこの主人公の、不機嫌そうな顔が面白かった。彼の作る自然食サンドが、ぜんぜん美味しそうに見えないのが面白かった。この映画の中で、おそらくもっとも魅力が無くて冴えない人物が、主人公のビルなのだ。なんでこんな主人公像なんだろうか。なんでこんな、不味そうなサンドイッチが話の中心になっているんだろうか。そんなことが、へんに心にひっかかる。

 ビルがもっと感情表現豊かな人物なら、この映画はもっと観やすい映画になっただろう。たぶんもっと主人公に感情移入して、ハラハラドキドキしたり、笑ったりホロリとさせられたり、つい主人公を元気づけたくなったり、励ましたくなったりするような、ストレートなエンタテインメント作品になっていたに違いない。でもそれでは、観る人の心にこの作品が残らなかったとも思う。この映画のユニークさは、この主人公の無愛想さにあるのだ。何を考えているかわからない、無表情で無気力な顔つきやしゃべり方。本当にやる気があるのか無いのかわからず、何となく状況に流されているだけのような男に、僕は親近感を感じてしまう。自分に似ていると感じてしまう。女性に対して奥手なのも、お金に苦労して真っ青になるのも似ている。銀行の預金残高を見て青ざめるシーン(本当に青ざめているのかは相変わらず無表情なのでよくわからないのだが)などは、まるで自分を見ているようで、映画を観ていてもドキドキしてしまった。

 それだけに、映画の最後がハッピーエンドに終わるのは嬉しい。取って付けたようなご都合主義ではあるが、映画なんてしょせんは作り話。こういう時はご都合主義も大歓迎だ。

(原題:The Happy Poet)

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第23回東京国際映画祭 natural TIFF supported by TOYOTA
配給:未定
2010年|1時間26分|アメリカ|カラー
関連ホームページ:http://www.
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
関連DVD:ポール・ゴードン監督
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