海炭市叙景

2010/09/08 ショウゲート試写室
海炭市(=函館市)を舞台にした市井の人々のドラマ。
函館出身の作家佐藤泰志の小説を映画化。by K. Hattori

Kaitanshi_2  佐藤泰志は北海道函館市出身の小説家。若い頃から才能に注目されてさまざまな文学賞の候補になるが、候補止まりのままに終わってしまった作家だ。若い小説家の登竜門である芥川賞では、5回も候補になった(第86回・88回・89回・90回・93回)がすべて落選。芥川賞は6回落選している猛者がゴロゴロしているのだが(なだいなだ、阿部昭、増田みず子、島田雅彦、多田尋子など)、佐藤泰志は芥川賞5回、三島由紀夫賞1回の落選で力尽きるようにして1991年10月10日に自ら命を絶った。享年41才。

 単行本もすべて絶版になり、全国区ではまったく知られていない作家だが、函館には今も佐藤泰志を慕う人たちが大勢いる。映画『海炭市叙景』は、そんな函館の人たちが自らの手で作り上げた映画だ。原作は佐藤泰志の死によって未完となった、同名の連作短編集。海炭市というのは作品中に出てくる架空の地方都市で、モデルは佐藤泰志の出身地である函館市だという。この映画は函館市民の有志たちが企画し、映画の製作実行委員会を作り、製作資金は地元市民から募金で集め、撮影にも全面的に協力するなど、函館から全国に発信する「市民映画」として製作されている。監督は北海道帯広市出身の熊切和嘉。原作は18の短編が収録されているが、映画ではそのうち5編を選び、各エピソードがゆるやかに重なり合うように構成されたオムニバス風の群像劇になっている。取り上げられているエピソードは、「まだ若い廃墟」「ネコを抱いた婆さん」「黒い森」「裂けた爪」「裸足」。原作をほぼ忠実に映像化したものもあれば、原作に着想を借りて大胆に脚色したものもあるようだ。

 映画はほとんど函館でロケされているのだが、ここに登場する函館の何という暗さ。これまでにも函館を舞台にした映画はたくさん作られているし、実際には北海道に足を踏み入れたことのない僕が抱く「函館のイメージ」もそうした映画によって作られている。それは例えば森田芳光の『キッチン』であり、前田哲の『パコダテ人』であり、最近だと篠原哲雄の『つむじ風食堂の夜』だ。歴史を感じさせる洋風の建物が並ぶ、エキゾチックで無国籍な雰囲気の港町だが、その風景はどこか映画のオープンセットのような生活感の希薄さを持っている。日本の都市の中でもっともファンタジーの似合う町が函館であり、『キッチン』も『パコダテ人』も『つむじ風食堂の夜』もすべてファンタジーだった。そこは函館でありながら、本当の函館ではないのだ。  『海炭市叙景』も実在の函館の上に虚構の海炭市を重ね合わせているという意味では地理的なファンタジーなのだが、そこに登場する人々にはベッタリと地に足を付けたリアリズムがある。これはもう、ぞっとするほどのリアリズムだ。地方都市の抱え込んだ閉塞感と、抜け道のない先細りの未来を生きねばならない倦怠感を、嫌になるほど正確に描ききっている。

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12月上旬公開予定 渋谷ユーロスペース
11月下旬 函館先行ロードショー
配給:スローラーナー 配給協力:シネマ・シンジケート
宣伝:太秦 北海道配給:シネマアイリス
2010年|2時間32分|日本|カラー|DTSステレオ
関連ホームページ:http://www.cinemairis.com/kaitanshi/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:海炭市叙景
原作:海炭市叙景(佐藤泰志)
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