廃工場の2階を借りて「代行屋」の看板で商売をしている紅次郎は、ある日れんと名乗る若い女から「富士の樹海でロレックスを探してほしい」という依頼を受ける。亡くなった父の遺骨を飛行機から散骨する際、誤ってロレックスを樹海に落としてしまったというのだ。いかにも嘘くさい説明だが、次郎は女がこのあたりとアタリをつけた原生林の中を捜索。だが苦労のかいあってようやく探し当てたロレックスには、腐敗臭を放つ肉塊がこびりついていた。次郎は知り合いの女性刑事に肉塊の分析を依頼すると、こびりついていたのは人間の肉片だと判明。だがこれが大きな事件に関わる重要な手がかりになると考えた刑事は、その事実を告げないまま時計を次郎に返却する。ロレックスが見つかったことを喜ぶれんは、次郎に今度は別の人捜しを依頼する。次郎は誘われるままに、れんが抱える大きな闇に飲み込まれていく。
石井隆が劇画家時代から描き続けてきた、「名美」シリーズの番外編とでも言うべき作品。今回の映画は1993年に余貴美子と竹中直人主演で作られた『ヌードの夜』の続編なのだが、前作で余貴美子が演じたヒロインが名美。今回の映画には名美が登場せず、本名村木であるところの紅次郎を竹中直人が17年ぶりに演じている。共演に大竹しのぶ、井上晴美、東風万智子(真中瞳から改名)、宍戸錠といった顔ぶれ。そんな中で今回ヒロインである加藤れんを演じる佐藤寛子は、これまでの映画出演歴からすれば大抜擢と言っていい配役だったと思う。しかしこれがいい。何も持たない女が、自らの肉体だけを頼りに汚れた世界を泳いでいく姿がじつにリアル。これまで目立ったキャリアのない佐藤寛子の体当たりの演技が、れんというキャラクターの生きる姿とオーバーラップしてくっきりと浮かび上がってくるのだ。これに比べると、彼女を苦しめる宍戸嬢、大竹しのぶ、井上晴美といった周辺の人物は小さく見える。
この映画の紅次郎を観ていて、僕は小池一夫と神江里見のコミック「弐十手物語」の主人公・菊池齊沽Yを連想した。齊沽Yもまた罪のある女と次々に係わり、その罪ごと丸抱えに女を愛するような男だからだ。しかしそういう男は、どうしたって孤独になる。周囲に彼を理解してくれる男はいない。だが彼に寄り添い、手助けしようとする女ならいる。「弐十手物語」の齊沽Yも女たちにモテモテなのだが、この映画でも次郎を気にかける女が登場する。女性刑事の安斎ちひろだ。映画のもうひとりのヒロインとでも呼ぶべきこの女刑事には、ヒロインれんが持つ「死への欲動=タナトス」に対抗できるだけの強烈な生命力が必要。その力が「エロス」としては表現されず、より根源的で素朴な「生命への意思」として描かれているのがユニーク。映画の最後は食事のシーンで終わっているが、さてこのあとちひろと次郎はどうなるのか? アウトローである次郎の人生が、刑事であるちひろと交わるとは思えないしなぁ……。
DVD:ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う
関連DVD:ヌードの夜 関連DVD:佐藤寛子-メタモルフォーゼ-映画「ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う」より 関連書籍:ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う 佐藤寛子写真集 関連DVD:石井隆監督 関連DVD:竹中直人 関連DVD:佐藤寛子 関連DVD:大竹しのぶ 関連DVD:井上晴美 関連DVD:宍戸錠 関連DVD:東風万智子 (真中瞳) |