美代子阿佐ヶ谷気分

2009/05/28 サンプルDVD
1970年代に活躍したマンガ家・安部愼一のあまりに劇的な青春。
彼のマンガをもとにその人生を再構成する。by K. Hattori

 1970年代に「月刊漫画ガロ」や「ヤングコミック」に作品を発表していたマンガ家・安部愼一の青春を、私生活を題材にした彼の作品から再構成した異色ドラマ。安部愼一の短編作品十数本を原作に、それらをつなぎ合わせる接着剤として安部愼一の生活ぶりや編集者のエピソードなどを挿入している。主人公の安部愼一を演じているのは水橋研二、恋人で後に妻となる美代子を演じるのは町田マリー、狂言回しとして登場する編集者を佐野史郎が演じている。脚本・監督は坪田義史。

 主人公は安部愼一という実在の人物なのだが、劇中のエピソードは彼のマンガ作品。安部愼一は自分自身の私生活をマンガにしているわけだが、劇中で編集者から「日記のようなものですか?」とたずねられて安部本人が「現実を抽象化して描いてます」と説明しているように、必ずしも現実そのものではないのだろう。「安部愼一の私生活」と「作品に描かれた世界」を、イコールで結ぶことはできない。これは「私小説」と呼ばれる文学作品でも同じことだ。作品はあくまでも作品であって、現実じゃない。しかしこの映画はその「抽象化された現実」を忠実に映像化することで、それがあたかも現実そのままであったかのように描く。これは安部愼一というマンガ家の私生活から生み出された「作品」を通して、その向こう側にフィクションとしての「作者・安部愼一」を再構築しているのだ。これはノンフィクションではなく、あくまでも「マンガの映画化」であり、登場する安部愼一はマンガ作品の中に登場する一人称の「私」を実体化させたものだろう。

 だがフィクションといえども、私小説の主人公は読者から著者本人と同一視されるものだし、安部愼一のマンガも著者本人と切り離すことはできない。この映画もそれは同じだし、作り手も意図的に「マンガ家・安部愼一」と「映画の主人公・安部愼一」をオーバーラップさせていく。佐野史郎演じる編集者の淡々とした語りで、安部愼一の生い立ちや空白時代について語ってみせるのもドキュメンタリー風のスタイルだし、映画の主題歌を安部愼一の息子たちのバンド「SPARTA LOCALS」が担当していることも安部愼一の実像と虚像をダブらせる。(映画の最後に登場する初老の男は、おそらく安部愼一本人の近影だろう。)しかしこうした実像と虚像のオーバーラップを、最後に再びフィクションの側に大きく転がしてみせるラストシーンは衝撃的だ。ここでは物語の主体が「安部愼一」からその妻・美代子の側にバトンタッチされ、さらに映画冒頭に引用されていた短編作品「美代子阿佐ヶ谷気分」を再引用することで、この映画の虚構性を観客に突きつける。

 美代子役の町田マリーがものすごい存在感。主人公の運命の女性、創作の源泉となる女神のような存在から、サザエさん的な生活者としての顔まで演じてみせる。この映画の中心にいるのは、じつは彼女なのだ。

7月上旬公開予定 シアター・イメージフォーラム
配給:ワイズ出版 配給協力・宣伝:アルゴピクチャーズ
2009年|1時間26分|日本|カラー|ビスタ
関連ホームページ:http://www.miyoko-asagaya.com/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:美代子阿佐ヶ谷気分
主題歌CD:水のようだ(Sparta Locals)
原作:安部愼一関連 (2)
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