アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン

2009/05/14 ギャガ試写室(へヴンシアター)
救いを求めても救いにたどり着けない現代人のための寓話。
木村拓哉が他者の傷みを担うキリストを演じる。by K. Hattori

 木村拓哉が出演したフランス映画ということで、普段はあまりフランス映画など取り上げないスポーツ紙やワイドショーなどでも話題になっていた作品。監督はフランスで活躍するベトナム人の監督、トラン・アン・ユン。デビュー作『青いパパイヤの香り』以来、『シクロ』『夏至』など監督した映画はすべて日本で公開されているが、今回の『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』よりむしろ、次回作に村上春樹原作の『ノルウェイの森』が控えていることが今から話題になっている監督でもある。ベトナムを離れ、国際的なキャストで、ベトナム語でもフランス語でもない映画を作るのは、監督にとって初めてのこと。こうしたスタイルは次回作『ノルウェイの森』にも引き継がれることになる。つまり今回の作品は、新しいトラン・アン・ユン監督の出発点になる映画なのだ。

 物語の主人公はジョシュ・ハートネット演じる私立探偵クライン。彼は2年前に起きた連続猟奇殺人犯逮捕で、心と体に深い傷を負っている。そんな彼に新しい仕事を依頼してきたのは、世界最大の製薬会社のオーナーだ。彼の息子シタオ(木村拓哉)が、アジアで行方不明になっているのだという。クラインはシタオが最後に目撃されたフィリピンに飛び、そこで「シタオは既に殺された」という有力な情報をつかむ。だがその後の情報によれば、シタオは今も香港のどこかにいるらしい。クラインは香港に飛ぶのだが……。

 物語のあらすじだけ見れば、これは行方不明の青年を巡る探偵ドラマ。しかし映画の冒頭で連続殺人犯が「イエスの受難」についてつぶやくシーンから、この映画は「罪」と「苦悩」と「救済」と「受難」についての神学的なドラマに突入していく。他人の苦痛を身代わりに引き受け苦悶のあまり絶叫するキムタクは、言うまでもなく現代に生きるイエス・キリストだ。彼は貧しい人々の中に飛び込んで彼らを救おうとする。金持ちに貧しい人たちへの施しを勧める。殺されても数日後に復活する。体中にさまざまな傷跡が存在して血を流す。悪徳と罪の生活の中から女性を救い出す。両手を板に打ち付けられる。その際「父よ、彼を赦します。何も知らないのですから」と叫ぶ。しかしこのキリストは、人々に向かって何かの説教をするわけではない。ただひたすら人々の痛みや苦痛を自分の身に引き受けることで、人々を助けたいと願う。

 しかしこの映画の主人公はキムタクではない。映画は「現代のキリスト」ではなく、「キリストに出会ってしまった人たち」の物語になっている。登場人物には元刑事の探偵がいる、友人の現職刑事がいる、マフィアのボスがいる、その愛人がいる、連続殺人犯がいる。彼らは本来ならキリストに救われるべき苦しむ人々だろう。しかしこの映画の中で、誰がキリストによって救われただろうか? 誰もが救いを求めつつ結局は救われない、皮肉で残酷な現代の寓話だ。

(原題:I Come with the Rain)

6月6日公開予定 TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー
配給:ギャガ・コミュニケーションズ
2009年|1時間54分|フランス|カラー|シネスコ|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://icome.gyao.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン
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