マン・オン・ワイヤー

2009/05/07 映画美学校第1試写室
1974年8月7日にNYで披露された前代未聞の綱渡り。
「史上最も美しい犯罪」の記録。by K. Hattori

Man on Wire (Ws Sub) [DVD] [Import]  1974年8月7日朝。ニューヨーク・マンハッタンのシンボルであるワールドトレードセンターのツインタワー屋上同士をワイヤーで結び、命綱なしで歩いて渡る男がいた。高さは地上411メートル。地上からその曲芸を見ていた人に、親指の太さほどのワイヤーなど見えはしない。人々の目に映るのは遥か上空の雲の中を、小さな黒い人影がゆっくりと移動している姿だった。それは時折立ち止まり、ビルとビルの間の何もない空間に体を横たえ、再び立ち上がってはまた歩き、膝をついておじぎをし、ビルとビルの間を何度か往復して見せたという……。

 この映画はそんな伝説的綱渡りを成功させたフランス人大道芸人、フィリップ・プティについてのドキュメンタリーだ。彼らは建物への不法侵入などの罪で逮捕されたれっきとした「犯罪者」であり、この映画は空前絶後の犯罪がいかに成し遂げられたかを本人や関係者が語る「犯罪ドキュメンタリー」でもある。それはまるで『ミッション:インポッシブル』か『オーシャンズ11』だ。リーダーのぶち上げた奇想天外な計画を実現させるため、極秘裏に集められるメンバーたち。用意周到な侵入計画。機材の準備。精巧な模型や実物大の練習場を使っての入念なリハーサル。挫折と再チャレンジ。内部協力者の登場。噛み合わないメンバー同士の連係プレイ。思いがけないアクシデント。それを乗り越えての大成功。そして少しほろ苦い結末……。

 この映画はひとりの若者が夢に向かって歩み、それを掴み取るまでを描いた青春映画でもある。友情と恋、出会いと別れ。少年時代の夢を実現させた主人公は、夢の実現と同時に少年時代に別れを告げる。プティの綱渡りが行われたのは今から30年以上前だが、映画はツインタワーでの綱渡り成功までを丁寧に描いても、その後のプティについては一切沈黙してしまう。主人公が大人になれば、そこで青春映画は終わりなのだ。

 全世界の若者が、ニューヨークの摩天楼に「夢」を描いた時代があった。フィリップ・プティもそんな夢見る若者のひとりだった。しかし現在、そんな夢は消えてしまった。夢の象徴だったワールドトレードセンターも今はない。夢を実現したプティはセレブになり、無垢な少年時代に自ら終止符を打つ。それは悲しく寂しいことだ。でも人はいつまでも子供ではいられない。いつかは大人になり、世間ズレして汚れていく。

 この映画はフィリップ・プティという青年の中に、世界全体がまだ夢を見ていた20世紀という時代を投影しているようにも思える。人々が夢を見ていた20世紀はいつ終わったのか? それは2001年9月11日に終わった。その夢はワールドトレードセンターと共に崩れ去った。我々はもう、あの日と同じ夢を見ることはできない。世界は変わってしまった。輝かしい日々は二度と戻ってこない。この映画はそんな「夢」に対するレクイエムなのだ。

(原題:Man on Wire)

6月13日公開予定 テアトルタイムズスクエア
配給:エスパース・サロウ 宣伝:エレクトロ89
シネマ・シンジケート選定作品
2008年|1時間35分|イギリス|カラー|1.85:1|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.espace-sarou.co.jp/manonwire/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:マン・オン・ワイヤー
DVD:Man on Wire
サントラCD:マン・オン・ワイヤー
サントラCD:Man On Wire
原作洋書:To Reach the Clouds (Philippe Petit)
原作洋書:Man On Wire (Philippe Petit)
関連書籍:綱渡りの男(モーディカイ・ガースティン)
関連書籍:The Man Who Walked Between The Towers (Mordicai Gerstein)
関連DVD:ジェームズ・マーシュ監督
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