ジョン・ウー監督が「三国志」の有名な激戦「赤壁の戦い」を映画化した、壮大なスケールの歴史スペクタクル大作。「三国志」はかなり長い物語で登場人物も多く、その世界に馴染んでいない人にとってはわかりにくい部分もある。かく言う僕も「三国志」には不案内なので、おそらくファンなら大喜びするであろう「お馴染みの場面」がよくわからなかったのは残念だ。しかしそれは登場人物の見せ場がよくわからないということであって、登場人物の関係がわかりにくいという意味ではない。関羽・張飛・趙雲といった武将たちがいかに「原作のイメージ通り」なのか、あるいは「原作と違う」のかはさっぱりわからないが、物語を理解する上では特に困ったことはない。
タイトルは『レッドクリフ(赤壁)』だが、映画は「赤壁の戦い」に到達することなく、その前哨戦で幕を閉じている。長江に大船団で布陣した曹操軍だが、それを囮にして主力の陸上部隊が迫る。これを予見していた諸葛孔明と周瑜は、周到に巡らせた罠に敵を引き込んで殲滅をはかる。敵に取り囲まれた曹操軍の騎馬兵たちが、パニックを起こしながら脱出路を求めて馬を走らせ、それを逃がすまいと兵士たちが陣を次々に変化させながら敵を追い込んでいく。この戦いの様子は、黒澤明の『七人の侍』へのオマージュだろう。
アメリカ、中国、日本、台湾、韓国から100億円の製作資金を集め、香港、中国、台湾、日本、モンゴルから集めた豪華キャストで映画化された本作は、アジアだけでなく、欧米市場も視野に入れたマーケティング戦略で作られているように思う。そのひとつの例が、この戦いの原因を中国古代史の複雑な政治状況に求めず、ひとりの美女を巡る戦いという、アジア版の「トロイ戦争」にしていることだ。曹操は周瑜の妻・小喬に横恋慕し、彼女を手に入れるために80万の軍勢を動かすのだ。映画の中で曹操は貫禄たっぷりの戦略家、人心掌握の術に長けた名将として描かれているのだが、こと女性に対してはド変態ぶりを発揮。小喬に面影の似た舞姫に小喬のコスプレをさせ、身の回りの世話をさせるあたりは、独裁者の孤独と心の闇を感じさせる鳥肌もののシーンだ。
当初周瑜の役にはチョウ・ユンファが予定されていたが、撮影開始直後に彼が降板。もともと孔明役でキャスティングされていたトニー・レオンが代役となり、空いた孔明役に金城武が入ったというドタバタがあった。なんだかこれも黒澤明の『影武者』を連想させる話ではある。周瑜がチョウ・ユンファであれば……という気持ちも多少はあるが、金城武の孔明が意外に面白く、これはこれで映画の魅力になっていること間違いなしだ。いずれにせよいまだ映画は完結していないわけで、こうしたキャスティングも含めて、成功か失敗かは後半次第という面もある。しかしこの前半、僕は大いに楽しみ、大いに満足なのである!
(原題:赤壁 Red Cliff)