ダンシング・ベル

2007/10/23 TOHOシネマズ六本木ヒルズ(ART SCREEN)
バイク購入のため洗車場で働く少年が客の車を壊してしまう。
マレーシアを舞台にした地味な青春映画。by K. Hattori

 マレーシア映画だが、主に使われている言葉はタミル語。マレーシアは多民族・多言語が同居する、世界でもよく知られた多民族国家なのだ。この映画はインド系のコミュニティを舞台にしているので、使用言語はタミル語(タミル地方はインド南部)で、食事もカレーを食べていたりする。まあしかしこういったことは映画を観てからいろいろ調べて知ったことであって、映画を観ている間は「なんでマレーシアなのにカレー食ってんだ?」なんて思ってたわけだけど……。

 遊び人の父が出て行って、母と兄妹3人暮らしになっている一家が主人公。母は街で花売りをして稼ぎ、小学生の娘がその配達を手伝っている。息子は親友と一緒に洗車場で働き、目下の望みはバイクを買うこと。いつもは親友のバイクの後ろに乗って仕事場まで行くのだが、今は自分のバイクが欲しくてしょうがない。金はだいぶ貯めたがまだ足りず、「半分母さんが出してくんないかな〜」などと言っているあたりはまだまだ子供である。彼は洗車場にベンツを持ち込んできたビジネスマンと仲良くなる。だがその車を移動させるついでにちょっと街をドライブしていると、思いがけない事故に遭遇。ベンツの修理代を親にねだるわけにも行かず、これはバイクを諦めて弁償するしかない。だが浮かない顔の彼に、親友がある方法で金を調達することを提案する……。

 物語の主人公は洗車場で働く息子で、テーマは彼の親殺し、もしくは親からの自立だ。映画の中にはっきりとは描かれているわけではないが、息子は自分の父に対して殺意のような感情を持っている。しかしそれを直接行動に移すわけではなく、回りくどく表現しているところがこの映画のユーモアだ。「ビールとドリアンを一緒に食べると胃が破裂して死ぬ」と聞いた息子は、いつも昼間から仲間たちとビールを飲んでいる父親にドリアンを届ける。ところがそれを「母さんから」と言ったものだから、父親が別れたはずの母のもとに律儀に礼に訪れたりして厄介なことになる。このあたりはじつに面白い。

 この息子にとって、実の父親はこの世から抹殺してしまいたい忌むべき存在なのだ。一方で彼にとって理想の「父親」となるのは、たびたび洗車場を訪れるベンツの客だ。ビジネスマン風のその男に、息子は好意を持つ。彼の車を運転するのは、そうすることで彼に一体化したいという気持ちを象徴的に表している。息子が父の車を無断で乗り回すように、彼も客の車を乗り回す。だがこうした関係は、彼の一方的な思い入れに過ぎない。ひとたび事故が起こるや、ベンツの客は映画から退場し、残されたのは借金だけだ。

 この後に息子が選択した行為とその決着法には大きな疑問も残るのだが、とりあえずこうした試練を乗り越えて、彼は子供から大人へと成長する。妹を自転車に乗せて走る彼の姿は、親友のバイクに乗せてもらっていたときに比べるとずいぶんたくましいのだ。

(原題:Chalanggai)

第20回東京国際映画祭 「アジアの風」出品作品
配給:未定
2006年|1時間38分|マレーシア|カラー
関連ホームページ:http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=93
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:ダンシング・ベル
DVD:ディーパク・クマーラン・メーナン監督
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