『バーバー吉野』『かもめ食堂』に続く、荻上直子監督の新作。僕は『バーバー吉野』は観ているのだが、大評判だった『かもめ食堂』を見落としている。今回の映画はおそらく『かもめ食堂』の延長にあるものだと思うのだが、僕の中で『かもめ食堂』はミッシングリングになっていて、あまりはっきりしたことは言えない。でもまあ同じ人が作っているのだから当然だが、『バーバー吉野』に通じる空気感のようなものもあって、それはそれで荻上監督の個性なのだろうと思う。
印象を短くまとめるなら、これは婦人雑誌のカラーグラビアページみたいな映画である。きれいな風景があって、小ぎれいにまとまった食卓があり、着ている服も高価ではないがこざっぱりとして清潔。しかしそこに、生活感は皆無なのだ。婦人雑誌は読者に対して、ライフスタイルを提案する。しかしその提案の中に、実際の生活そのものは存在しない。そんな生活感は読者がグラビアページの中に自分自身を投影する際、邪魔っけになるだけだから巧妙に排除されている。台所の汚れも、部屋の隅にうっすらと積もった綿ぼこりも、洗面台にこびりついた水垢も、すべてピカピカに磨かれて人の痕跡は消し去られる。そこにあるのは、住人不在の「おしゃれな生活」だ。
『めがね』という映画を観た人はおそらく、自分も何のあてもなく南の島にぶらりと旅して、きれいな海を眺めながらかき氷を食べたり、砂浜の上で朝の体操をするのも悪くないなぁ……という気持ちになるだろう。でもこの映画に登場するような場所なんて、そもそもこの地球上のどこにも存在しないのだ。例えばこの映画には、「お金」というものが登場しない。「仕事」というものも、あるのかないのかわからない。それらは言葉としては登場しても、実体としては映画の中から排除されているのだ。客を取る気がまったく見えない民宿ハマダは、宿泊料金がいくらなんだかわからない。もたいまさこはかき氷の対価を現金では受け取らない。市川実日子は学校をさぼってばかりいる。この映画の中には、何もすることがない永遠の「余暇」だけがあり、誰も生産的な「仕事」をしていない。
この映画には「生活」が描かれていないので、そこに切実なドラマは生まれようがない。雑誌のグラビアページには、登場する小物や衣装がどこで購入できるかという「情報」があるが、この映画は雑誌のグラビア風に出来ているものの、そうした「情報」は皆無だ。生活もなく、情報もないこの映画は、存在そのものが「余暇」みたいなものだ。つまりこの映画自体が、何ら生産的な「仕事」をしていないとも言える。
もちろんそういう映画があってもいいし、この映画はそれを十分承知した上で、仕事をしない余暇の映画を作っている。この映画が好きになる人は、その余暇のとりこになって、この映画に居着いてしまうことだろう。小林聡美が演じたヒロインのように……。
DVD:めがね
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