ボルベール〈帰郷〉

2007/05/31 GAGA試写室
ペネロペ・クルス主演のペドロ・アルモドバル監督作品。
殺人と幽霊が登場するサスペンス(?)。by K. Hattori

 映画の冒頭に登場するのは、一件の殺人事件。死体の処分に困った女は、それを休業したレストランの冷凍庫に放り込む。ところがひょんなことから、そのレストランは営業を再開し、連日超満員の活況となる。女は改めて死体を捨てに行くことが難しくなってしまう……。これだけでも、ヒッチコック風のサスペンス映画が作れそうだ。だが話はこれだけではない。この映画の序盤から登場するのは、ひとりの女の幽霊。3年ほどまえに火事で焼け死んだその女は、幽霊になって親戚の女性や娘たちのまえに姿を現すのだ。こうしてこの映画の中では殺人ミステリーと、幽霊登場というスーパーナチュラルが渾然一体となる。だがこの映画、ちっとも血なまぐさい雰囲気はないし、サスペンスにもホラーにもならない。映画全体を支配しているのは、ゆったりとした時間の中で醸し出される家族の絆の暖かさ。これは奇抜にねじれながらも、極上の味を楽しませてくれるホームドラマなのだ。

 監督・脚本は『オール・アバウト・マイ・マザー』や『トーク・トゥ・ハー』のペドロ・アルモドバル。きわどい素材を大胆に扱いつつ、そこからどんな人間にとって普遍的な風景を切り取ってくる手並みは益々円熟。そこでは上品さも下品さも、優雅さも猥雑さも、優しさも冷酷も、愛情も憎しみも、すべてが同じ価値を持つ存在として扱われている。例えばこの映画の中では、「おならのニオイ」と「思い出の歌」が、同じように記憶を呼び覚ます役割を担っているのだ。こんな映画、他にあるだろうか? こんなことを考える映画作家が、他にいるだろうか?

 物語はペネロペ・クルス扮するライムンダ中心に進行していくが、物語をリードするのはカルメン・マウラ演じる彼女の母イレネだろう。彼女の役は「幽霊」である。生と死という通常は越境不可能な領域を、彼女はいとも簡単に飛び越えてしまう。この映画の中で、生と死はそれほど遠いところにあるわけではない。生は死のすぐ隣にあり、死は生のすぐ隣に息づいている。この映画の中で最も生の活気に満ちあふれているレストランの倉庫に、秘かに死体が隠してあるというのも「隣り合わせの生と死」を象徴的に示す表現なのだ。幽霊は車のトランクに隠れて長距離を移動し、寝室のベッドの下に隠れて日中を過ごす。

 この映画は「命」を軽んじているわけではない。だが「命」を絶対化して、神性不可侵なものにしているわけでもない。「命」の価値は相対化され、他の多くの価値との間で値踏みされる。この映画には殺人事件が登場するが、それによって何らかの責任を問われる人はいない。それは殺される人間の側にこそ、命で償わねばならない重大な罪があるからだ。「命」の価値が相対化された時点で、この映画はヒッチコック風の殺人ミステリー路線から逸脱していく。日常空間の中を「幽霊」が大手を振って歩き回る世界で、冷凍庫の死体にどれほどの意味があるのだろうか?

(原題:Volver)

6月30日公開予定 TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国TOHOシネマズ系ほか
配給:ギャガ・コミュニケーションズ
2006年|2時間|スペイン|カラー|シネマスコープ|ドルビーSR、ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://volver.gyao.jp/
DVD:ボルベール〈帰郷〉
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DVD (Amazon.com):Volver [Blu-ray]
サントラCD:Volver
ノベライズ:ボルベール
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