刺青

堕ちた女郎蜘蛛

2006/11/29 TCC試写室
谷崎潤一郎の「刺青」を大胆にアレンジした作品。
ここまで変えても谷崎と言えるのか?by K. Hattori

 原作は谷崎潤一郎の小説「刺青」だが、おもむきはだいぶ違う。物語の舞台を現代にしているだけでなく、主人公の設定がそもそも違うのだ。谷崎の「刺青」は、ひとりの女と彼女に刺青を施す男が織り成す1対1のドラマだ。しかしこの『刺青/堕ちた女郎蜘蛛』では、主人公の男は女を彫り師のもとに送り届けるだけなのだ。昨年作られた吉井怜と弓削智久主演の『刺青 SI-SEI』の方が、谷崎潤一郎の原作にまだ近いと思う。もっとも原作に近ければ面白いのかというと、そういうわけでもないのだけれど……。

 今回の映画が谷崎潤一郎の「刺青」から受け継いだのは、美しい女性が背中に女郎蜘蛛の刺青を彫られることで、男を滅ぼす妖女に変身するという部分。女が刺青を施されるに至る理由や、周囲の人間関係などは大胆にアレンジされているが、刺青によって女が生まれ変わるという部分だけは変化しない。つまりこのヒロインだけが、谷崎潤一郎の原作から抜け出してきたようなもの。これは「刺青」の映画化ではなく、「刺青」のヒロインが現代の日本に存在したならば……、という趣向だと考えるべきかもしれない。

 ただしこの映画の中では、ヒロインの変身ぶりがあまり際だったドラマを生み出すことがない。確かに登場する男たちは、ヒロインと出会うことで全員が破滅する。しかしその破滅は、刺青によって妖婦に変貌したヒロインに食い殺された結果なのだろうか? 映画を観ていても、とてもそうとは思えない。この映画に出てくる男たちは、そもそも彼女に出会う前から破滅への道を歩んでいるのだ。自己啓発セミナーで自我を破壊された男。詐欺的なセミナー商法が破綻して警察に追われる男。不倫で家庭を崩壊させそうになっている男。彫り師の男が腑抜けになってしまうのは原作からの影響だろうが、原作で主役だったはずの彫り師は、この映画では完全な脇役でしかない。

 「蝶が出てきたら気をつけろ!」は、映画ファンが肝に銘じておかねばならない映画鑑賞時の鉄則だ。蝶は荘子の「胡蝶の夢」の引用で、物語全体が夢であることを暗示する。そしてこの映画にも、しっかりと蝶が出てくるのだ。蝶は同時に主人公の分身であり、蝶である主人公は自分を捕らえて食い殺す女郎蜘蛛の女を生み出してしまう。だが結局この女郎蜘蛛は、蝶を捕らえもしなければ食い殺しもしない。蝶は勝手に弱って死んでしまい、女郎蜘蛛はその遺骸を優しい目で見つめ続けている。映画のラストは明らかに幻想シーンで、やはりこれは「胡蝶の夢」のバリエーションなのではないだろうか。

 自己啓発セミナーでの人格改造や出会い系サイトのサクラなど、現代風俗を盛り込んだ風俗ドラマとしての面白さもある。しかし一方で、経営難の孤児院を救う話などまるで時代錯誤。現代の日本にそもそも孤児院など存在しないのだから、孤児院が出てくるあたりは既に幻想世界ということなのか?

1月13日公開予定 ユーロスペース
配給:アートポート
2006年|1時間36分|日本|カラー|ビスタサイズ|ステレオ
関連ホームページ:http://www.artport.co.jp/movie/shisei/
DVD:刺青/堕ちた女郎蜘蛛
原作:刺青(谷崎潤一郎)
関連DVD:刺青(1966)
関連DVD:刺青 SI-SEI(2005)
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