みえない雲

2006/11/09 映画美学校第1試写室
原発事故でパニックを起こす人々とその後の日々。
青春映画仕立てで後味は悪くない。by K. Hattori

 ドイツ中央部の小さな町シュリッツ。16歳のハンナは母と弟の3人で暮らす平凡な女子高生だ。彼女は最近、転校生のエルマーがちょっと気になり始めている。漠然としたエルマーへの好意。ひょっとしたら、彼も私のことが好きなのかも……。そんなふたりが自分たちの気持ちを確かめ合ったその日、町はけたたましいサイレンの音に包まれる。数十キロはなれた原子力発電所で、大きな事故が発生したのだ。町には避難命令が出され、逃げ出す人々の車で道路はごった返す。その日、ハンナの母は出張で不在。彼女は弟を連れて町を逃げ出そうとするのだが……。

 原作は1987年に発表された、グードルン・パウゼヴァングの同名児童文学作品。前年にソ連(現在はウクライナ共和国)のチェルノブイリで大規模な原発事故が起こり、放射能を含んだ汚染物質がヨーロッパにまで飛散する出来事があった。(この事故は1979年にアメリカで起きたスリーマイル島の原発事故と並んで、人類が経験した最悪の原発事故のひとつとされている。)原作「みえない雲」はそうした事故が遠い外国ではなく、目と鼻の先の距離で起きたらどうなるかを描いて大評判となり、ドイツでの出版の翌年には、日本でも翻訳出版されている。(映画に合わせて今回文庫化された。)

 物語は3つのパートに分かれる。まず最初に描かれるのは、時に退屈にさえ思える、何事もない平凡な日常生活。そこには家族との暮らしがあり、学校生活があり、友人たちとの時間があり、淡い恋心が芽生えたりもする。ここはいわば、学園青春映画のような部分だ。しかしこの生活は、けたたましいサイレンの音と共に終わる。物語はここから2つめのパートに入る。町は大混乱となり、情報は錯綜し、人々はパニックを起こす。海に突進するレミングの群れのように、脱出のための車が道を埋めつくす。他人を押し退け、自分や家族が少しでも危険な場所から離れ、安全なところに近づきたいともがく人々の群れ。群衆の中で人々は人間性を失って、生存本能のままに振る舞うようになっていく。ここは災害パニック映画だろう。そして最後のパートは、混乱の後の世界。人々は日常へと帰っていくが、その日常はもはやかつての日常ではない異質なものだ。事故の傷跡は社会基盤に大きな損害を与えるだけでなく、人々の肉体を蝕み、心を壊していく。ここで描かれているのは、深く傷ついた人間たちが織りなす心理劇だ。

 主人公たち若いカップルのラブストーリーが、物語としてよくできているかは少し疑問。しかし16歳の少女の視点から、世界的な大事件を描くという徹底した態度はよかったと思う。この映画では原発の事故がなぜ起きたのか、その時政治は、国際社会は何をしていたのかなど、社会の大きな部分はまったく描かれない。描かれているのは、常にたったひとりの身に起きた事件なのだ。

(原題:Die Wolke)

12月下旬公開予定 シネカノン有楽町
配給:シネカノン 宣伝:ライスタウンカンパニー
2006年|1時間43分|ドイツ|カラー|1:2.35|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.cqn.co.jp/
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