カポーティ

2006/07/13 SPE試写室
世界初のノンフィクション小説「冷血」の舞台裏。
その瞬間、作家の中の何かが死ぬ。by K. Hattori

 1959年11月15日。カンザス州にあるホルカムという田舎町で、一家4人が強盗に惨殺されるという事件が起きる。作家トルーマン・カポーティは、新聞で偶然知った事件に興味を持ち、早速現地での取材を開始。取材中に二人組の犯人が逮捕されると、警察に賄賂を使って犯人に直接接触することに成功する。彼が特に興味を引かれたのは、犯人のひとりペリー・スミスだった。ネイティブ・アメリカンの血を引くというペリーの中に、芸術家肌の繊細な心があることを知ったカポーティは、この犯人の中に自分自身の姿にも似た何かを感じ取る。弁護士を手配して裁判を長引かせ、その間にもふたりからの直接取材を重ねるカポーティ。それはペリーに対する友情なのか? それとも作家としてよりよい作品を作りたいというエゴなのか?

 映画『ティファニーで朝食を』の原作者でもあるカポーティが、代表作「冷血」をいかにして書いたのかに迫る実録ドラマ。主演のフィリップ・シーモア・ホフマンが甲高い声と特徴的なしぐさでカポーティに成りきり、今年のアカデミー主演俳優賞を受賞した作品だ。この映画に描かれているカポーティとペリーの関係が、どの程度事実に沿ったものかはわからない。脚本家のダン・ファターマンは、当初まったく別の人物を想定して「作家とモデル」についての映画を考えていたという。きっかけになったのは、ジャネット・マルコムの「ジャーナリストと殺人者」というノンフィクションだ。ファターマンは「冷血」執筆時のカポーティとペリーの間にも、同じような作家とモデルの関係があると感じたらしい。

 映画は実録ではあるが、内容的にはかなり整理されている。カポーティという人物は複雑なキャラクターだが、決して邪悪な人物ではない。むしろ明るく社交的で、誰にでも好かれる愛すべき人物だ。しかしその彼は、「冷血」を書くことで変わってしまうのだ。カポーティは周囲にある人間関係を壊し、作家としての成功と引き換えにそれまでの自分をすべて葬ることになる。

 重要な役目を果たすのは、カポーティに同行して「冷血」の取材に協力する作家ネル・ハーパー・リーと、「冷血」のモデルとなったペリー・スミスのふたりだ。ネルはカポーティの幼なじみで、彼の「過去」を象徴する人物。映画の中では彼の「良心の声」として、最後に決定的な一語を言い放つ。ペリーはカポーティが思い描く「自画像」としての自分自身だ。皮肉な笑みで内面を隠し、決して周囲に素顔を見せない、孤独な芸術家だ。だがカポーティは作品完成のために、そんな自分自身(ペリー)の死を願うのだ。

 ペリーが死刑になったとき、カポーティの中でもそれまで生きてきた何かが死んだのだ。孤独な芸術家は死刑台のロープに吊るされた。カポーティはネルと仲違いし、ペリーを見殺しにすることで、人間として過去を捨て、作家としても死んでしまうというわけだ。

(原題:Capote)

秋公開予定 恵比寿ガーデンシネマ、シャンテシネ
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント 宣伝協力:Lem
2005年|1時間51分|アメリカ|カラー|シネマスコープ|SRD、SR
関連ホームページ:http://www.sonypictures.jp/movies/capote/
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