真昼ノ星空

2006/05/19 メディアボックス試写室
沖縄に逃れた台湾人殺し屋がひとりの女性に出会う。
『青い魚』の中川陽介監督最新作。by K. Hattori

 『青い魚』や『Departure』など、沖縄を舞台にした映画を創り続けている中川陽介監督の新作。中川監督は沖縄の人ではなく、映画を撮るときだけ物語の背景として沖縄を借りる。ストーリーそのものに、映画の舞台が沖縄である必然性は余り感じられない。『青い魚』も『Departure』も今回の『真昼ノ星空』も、沖縄ではなく他の地方都市でも物語は成立しそうだ。しかしそうなれば、中川監督の映画の魅力はだいぶ減ってしまうような気がする。

 本当のところ中川監督は、むしろ沖縄が撮りたくて映画を作っているようなのだ。映画の前景になる物語こそ、じつは映画の中では申し訳程度に付属している借り物の風景。その後ろにある沖縄の町並み、特に路地裏や夜道の表情こそが、この映画の本当の主役になっているのではなかろうか。映画を料理に例えるなら、これは料理そのものではなく、料理を盛りつけた「器」を愛でるものなのだ。もちろん料理と器のバランスが悪ければ、立派な器も台無しになってしまう。その点、中川監督は器の魅力の引き出し方をよく心得ている。

 台湾から逃げて来た殺し屋の青年が、路地裏の弁当屋で働く女性に恋をする話だ。コインランドリーですれ違う寂しげな目をした女性を、青年は自宅での食事に誘う。青年手製の豪華な中華ディナー。しかし心に傷を持つその女性は、青年の気持ちを受け入れることができない。一方毎日のようにプールで泳ぐ青年に、淡い気持ちを抱く受付の若い女がいる。そんな彼女に、好意を持つ後輩の少女。かくして沖縄を舞台に、男女の気持ちのすれ違いがつながっていく。

 中川監督の映画にはドキドキするような風景がしばしば登場するのだが、それはこの映画にもいくつか見ることができる。ヒロインが働いている弁当屋や、彼女が弁当を配達する薄暗い路地裏の風景。これと対比するように登場する、明るいプールの様子。食事のあとでふたりが歩く、街灯に照らされた夜道。プールで働くサヤがたたずむ、陽当たりのよい白い階段。こうした風景が、その前で演じられるドラマをどれほど引き立てていることか。映画の中では物語の前景となるふたりの主人公より、風景の中に半ば同化しているサヤや同僚の少女の方が魅力的に見えることがある。

 映画には主人公リャンソンのモノローグが、全編にかぶせられている。彼は異邦人で、彼は殺し屋。彼は異国の街で、ひとりの美しく謎めいた女・由起子に恋をする。だがそんな彼を組織は見捨て、彼は対立する組のターゲットになることに……。これはドラマの形式として、フィルムノワールのスタイルを意図的に継承しているようだ。南国沖縄を舞台にしながら、全体にひんやりとした冷たさい空気を漂わせているのはそのせいだろう。

 青い空と珊瑚礁の海といった、観光客がイメージする沖縄の風景はここにはほとんど登場しない。それがこの映画の沖縄を、ユニークなものにしている。

6月24日公開予定 渋谷ユーロスペース
配給:ホリプロ、スローラーナー
2004年|1時間32分|日本|カラー|DTSステレオ
関連ホームページ:http://www.mahiru-hoshizora.com/
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