冷戦時代の東欧といえば、鉄のカーテンの向こう側にある、すすけて薄暗い国々を連想してしまう。共産主義で市民的自由は奪われて、思想信条の自由がない窮屈でギスギスした世界というイメージだ。しかし1968年のチェコスロバキアは違った。ドプチェク政権下で「人間の顔をした社会主義」を目指し、出版物に対する検閲は解除され、共産党以外の政党や団体も現れるなど、東欧にあってこの国だけはひとり雪どけムード。雪がとけたら何になる? 雪がとければ春になる! かくして1968年の春から夏にかけてを、チェコスロバキアの首都プラハにちなんで「プラハの春」と呼ぶ。
映画『プラハ!』は、そんな「プラハの春」を謳歌する青春ミュージカルだ。卒業間近の女子高生たちがロスト・バージンに憧れるエピソードに、兵舎を抜け出した3人の若い脱走兵たちとのロマンスがからむ。この兵士たちは脱走して追われているはずなのに、のんびりムードの中で休暇中のようなはしゃぎぶり。3人の兵士と3人の女の子で、これじゃまるで『踊る大紐育』ではないか。ただしここでは、女の子の方が主役になっている。
映画の形式としてはミュージカルに違いないのだが、音楽で物語を進めていくところがあまりないので音楽映画に近い印象も受ける。ミュージカルシーンはカラフルでポップ。60年代レトロがベースにあって、そこに現代の感覚で味付けしているのだ。使われている楽曲はほとんど既成曲のようで、ペトゥラ・クラークの「恋のダウンタウン」のチェコ語版が出てきたかと思えば、ミリー・スモールの「マイ・ボーイ・ロリポップ」があり、脱走兵たちの心情を語る曲としてスコット・マッケンジーの「花のサンフランシスコ」が流れ、最後はピート・シーガーの「花はどこへいった」が効果的に使われている。こうした世界的ヒット曲の引用によって、映画『プラハ!』は1968年のチェコスロバキアに生きる若者たちを、同時代の世界の若者たちに結びつけるのだ。
しかしこうした懐メロの引用は、特に海外市場を意識してのものではないらしい。この映画はチェコ国内向けに作られた映画であって、その中で1968年という時代を象徴する当時のヒット曲としてごく自然に、英語圏でヒットしていた数々の懐メロを引用したようだ。国家のイデオロギーや鉄のカーテンなどそっちのけにして、歌は国境を越えて人々の心に浸透していく。この映画で一番感動したのは、じつはそこなのだ。冷戦終結直前には東欧でも西側のテレビを見る人たちが増え、それが共産主義体制の崩壊を早めたとも言われている。それと同じようなことが、1968年のチェコスロバキアで起きていた。
今から5年も前の映画なのに、今さら日本公開される理由は謎。たぶんこの映画に惚れ込んで買い付けてきた人がいるのでしょう。日本の映画ファンがこの映画を観られるのも、ひとえにその人のおかげ。感謝しなくちゃね。
(原題:Rebelove)