忘れえぬ想い

2006/01/19 映画美学校第2試写室
愛する者を喪失した事実を受け入れる時間を描く。
地味だが強い印象を残す作品。by K. Hattori

 ミニバス運転手の婚約者を事故で亡くしたシウワイは、既に同居していた彼の子どもロロを引き取り、自分もミニバス運転手として働くようになる。ペーパードライバーだった彼女にとって、交通過密な香港での営業運転は至難の業。そんな彼女のよき相談相手になり、何かと世話を焼いてくれるのは、婚約者の事故の際、たまたま現場に居合わせたファイだった。ぶっきらぼうだがさりげない気づかいや優しさを見せてくれるファイは、シウワイやロロにとって相談相手や友人以上の存在になっていくのだが……。

 セシリア・チャンとラウ・チンワン主演の恋愛ドラマだが、ここでテーマになっているのは、大切な人を失った喪失感から人はいかにして立ち直り、新しい人間関係の中に入っていくか……というもの。主人公のシウワイは結婚直前で婚約者を失い、その死を頭では理解しながらも、心がそれを受け入れられない状態でいる。彼女の心は婚約者の死という事実を拒み、自分ひとりで彼のいない空白を埋めようとするのだ。ロロとの生活を捨てないばかりでなく、大破したミニバスをわざわざ修理して自ら運転しているのは、そうすることで彼との思い出の中に浸れるからだろう。そこでは時間が、彼の死の前で止まっているのだ。だが思い出の中で時間を止めたところで、現実の時間は否応なしに流れていく。シウワイとロロの暮らしは困窮し、家計は火の車となって悲鳴を上げる。

 心に傷を負った者にとって、時こそが最良の医師だという。だがギリギリの生活をしているシウワイに、そんな悠長な「時」は存在しない。心の傷が癒えるのを待つことなく、シウワイは厳しい現実の中に放り出されてしまうのだ。愛する人の死をどのように受け入れ、どのように新しい環境の中で生きていくのか。それを自分ひとりの意志や事情で決められないのが、普通に生活している人間の現実かもしれない。いつまでもメソメソ泣いているわけにはいかないし、いつまでも思い出に浸ってはいられない。過去を振り捨てて、今この時をまず生きていかなければならないのだから。

 主人公はシウワイだが、彼女に何かと世話を焼くファイもまた、心に傷を負った男とされているのが映画なればこそだろう。取り返すことの出来ない過去に対する切ない気持ちを、ファイは十分に理解している。しかしそれだけに、ファイはシウワイとの関係に慎重になる。

 幼い子どもを抱えて半狂乱で働く若い女と、寡黙なミニバス運転手が互いに好意を持ちながら、なかなか距離を縮めていかない地味で煮え切らない物語だ。それをセシリア・チャンとラウ・チンワンというスター主演で商用映画に仕立てているわけだが、主人公たちのぎこちない心の交流にはつい感情移入してしまう。互いに好きだとも愛しているとも言わぬ遠慮がちな態度のまま、それでも関係が深まっていくのがいい。シウワイが彼の部屋を訪ねる前に、ビールを買っていく場面の切なさよ!

(原題:忘不了 Lost in time)

2月4日公開予定 シアターN渋谷
配給:ユナイテッド・エンタテインメント
2003年|1時間48|香港|カラー|ビスタ|SRD
関連ホームページ:http://www.wasureenu-omoi.com/
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