深海

2005/10/28 VIRGIN TOHO CINEMAS六本木ヒルズ Screen 2
恋に依存してしまう不安定なヒロイン像がリアル。
ただし女の友情というテーマは不鮮明。by K. Hattori

 アユーは刑務所を出所した足で、服役中に親しくなった年上の女性アンのもとに身を寄せる。アユーはアンの経営する男性客相手のクラブで働き始め、アンはアユーのパトロンとして常連の得意客を紹介する。始めはぎこちなく男性に接していたアユーだが、一度彼と親しい仲になると、今度は彼と片時も離れていられなくなってしまう。そんな彼女の態度をうっとうしく感じた男は、彼女から離れて行ってしまう。深く傷つくアユーをかばい、新しい仕事を紹介したのもアンだった。工場勤めを始めたアユーは、職場の同僚である若い男性と付き合い始めるのだが……。

 恋に落ちた相手に完全に依存し、自分自身を見失ってしまう若い女性の姿をリアルに描いた作品だ。頼る相手がいないとき、彼女は情緒不安定になる。彼女の精神的な不安定さが、その姿をひどく弱々しく見せている。しかし彼女は決して弱いわけではない。好きな男性ができれば素早くその胸に飛び込み、決してそばから離れまいと力一杯しがみつく。そんな彼女の愛情表現が、男性にとってひどく負担になるであろうとは考えない。好きだから一緒にいるのが当然だと、彼女は何の疑いもなく考えるし行動する。

 彼女は男性からの好意を拒まない。男性が口先で愛をささやくとき、そこには何の嘘偽りもないと信じている。彼女にとってセックスは愛の証明。一度寝たなら、それは永遠の愛の約束と同じことだ。ふたりはいつだって一緒にいなければならない。彼女の恋愛観は、まるで小学生か中学生のまま成長しない。男性にとってそうした女性は時として可愛らしく感じられるものだ。でもそれがずっと続くと困惑する。迷惑だし、非常識だし、何よりも負担になってくる。男性たちは彼女に惹かれ、そして離れていくのだ。そして彼女は深く傷つく。でもまた懲りずに恋をする……。恋愛に依存しなければ生きられず、依存した結果恋を失うのが、彼女の生活のすべてなのだ。

 映画の中のアユーは、精神的な病を抱えているという設定だ。「一度スイッチが入ると止まらなくなってしまう」というのがアユーの弁明だが、まさに彼女の恋愛はサーモスタットのないヒーターのようなもの。一度スイッチが入ると、ぶっ壊れるまで発熱を続けてしまう。しかしアンはそんな彼女に、「薬を飲んでいるから病気が治らないんだ」と言う。男性に騙されて刑務所に入っていたというアンは、恋に傷つくアユーの中に、若い日の自分の姿を見ているのかもしれない。愛する人に身も心も捧げ、その結果ずたずたに傷つくような恋愛を、アンもかつて経験しているのだ。

 激しい恋には誰でも憧れを持っている。でもそれを実際に経験できる人は少ない。自分や相手を傷つけないように、無意識の内にブレーキをかけるからだ。ブレーキが存在しないアユーの恋愛依存は確かに病気なのだが、人間はどこかでそんな彼女に羨望を抱くのではないだろうか。

(原題:深海 Blue Cha Cha)

第18回東京国際映画祭 アジアの風 台湾・電影ルネッサンス
配給:未定
2005年|1時間48分|台湾|カラー
関連ホームページ:http://www.tiff-jp.net
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