食品会社で経理部の部長代理をしている米倉一雄は、55歳で定年退職することにした。今どきどの会社だって正規の定年は60歳。55歳の定年は会社の早期退職制度を利用してのものだろう。会社の中で一雄の影は薄い。部長代理などお飾りの職に過ぎないし、社内では一雄の退職がむしろ歓迎されているようだ。会社を辞めて寂しさもない一雄だが、さりとて退職後に何をしたいという気持ちもない。そんな時、彼は2年前に死んだ妻と、ずっと昔に約束したことを思い出すのだが……。
大杉漣扮する中年男が、定年を機に突如サーフィンを始めるという物語。監督・脚本は『星砂の島、私の島/アイランド・ドリーミン』の喜多一郎だが、僕は今回の映画で初めて彼の映画を観たが、これがなかなか面白い、いい映画なのには驚かされた。主演の大杉漣はこの撮影のためにゼロからサーフィンを始め、今では自分のホームページで趣味・特技として堂々と「サーフィン」と書くまでになったのだから大したもの。1951年生まれの彼はちょうど主人公と同年配の50歳代。つまり「55歳の中年男がサーフィンを始める」というこの映画の大筋部分は、作り事のないまったくのドキュメンタリーだ。
現在日本では「西暦2007年問題」が大きな社会問題になるのではないかと言われている。戦後のベビーブームで生まれた団塊の世代が、この年から定年の年齢に突入していくのだ。高齢者の再雇用や年金など、考えなければならないことは多いだろう。しかしそれより問題なのは、ずっと「会社」という閉鎖的な社会の中で生活してきた人たちが、いかにして会社以外の一般社会に着地し、定年後の充実した生活を送るかではないだろうか。
この映画の主人公はサーフィンと出会い、それに打ち込むことで新しい自分の生活を作ることができた。でもこれを誰もが真似できるわけではない。主人公は再就職しなくて済む程度の経済的余裕があり、養わなければならない家族もいなかったから好き勝手なことができるのだ。しかし定年後の主人公を外的な制約から自由にすることで、この映画は彼の第二の人生探しをストレートに描くことができたとも言える。「何でもできる」状況に置かれた主人公が、「自分には何もすることがない」という現実をまず受け入れ、その上で「サーフィンに挑戦」させることに意味がある。
主人公が挑戦するサーフィンは、定年後の「第二の人生」の象徴なのだ。この主人公は第二の人生に打ち込むために、あえて自分のまったく知らない未体験の世界に飛び込んでいく。それまでの生活をすべて捨て、見ず知らずの他人に頭を下げて教えを乞い、自分自身を新しく鍛え上げていく。その中で新しい仲間に出会い、生活の基盤をゼロから作っていくのだ。定年は人生経験を積んだ大人が自らの意志で自分の生き方を決め、新しく人生をリセットするいい機会なのかもしれない。
|