誰がために

2005/07/08 松竹試写室
突然犯罪被害者になってしまった男が選んだのは……。
浅野忠信のリアルで凄味のある演技。by K. Hattori

 戦場カメラマンとして活躍していたものの、志半ばで実家の写真館を継ぐことになった民郎。近所に住む幼なじみマリが友人の亜弥子を写真館に連れてきたのをきっかけに、民郎と亜弥子は付き合い始め、やがて結婚する。周囲の人々もうらやむ、幸せな若い夫婦。しかしその幸せは、ひとりの少年の凶行によってあっけなく終わってしまう。民郎の留守中に部屋に侵入した少年によって、妊娠中の亜弥子は殺されてしまったのだ。少年法の壁により、民郎は犯人の裁判に立ち会うことすらできない。整理できない気持ちを抱えたまま、民郎は周囲の友人たちの助けを借りて写真館を再開させるのだが、そんな彼に、犯人が少年院を出たという知らせが届く……。

 映画冒頭に映し出されるのは、いまだ昭和の面影を残す、かつてはどこにでもあった地元商店街の姿。しかしその街並みは、あちこちが虫食い状態になっている。家並みの中にポッカリと空き地ができているのだ。そこにもかつては民家か商店があり、人が暮らし、町の人々との交流があったのだろう。しかし今、そこにあるのは何もない空間だけだ。やがて人々は、そこに何があったのかすら忘れてしまうだろう。

 この映画は生活空間の中に突然出現した、「何もない空間」を描いている。しばしば映画に挿入されている「空き地」のショットは、その象徴だろう。生活の中から何かが取り去られ、あとには「何もない空間」だけが残される。残された人々は、その空間に何らかの意味を見出そうとする。突然奪われてしまった家族の幸せ。人々の中から何の予告もなしに、愛する人の姿が消えてしまう。残された人がすべきことは、ポッカリとひらけた「何もない空間」を、美しい思い出で埋めることだろうか? それとも愛する人を奪った相手に、復讐をすることだろうか? 主人公の民郎は、そのふたつの思いの間で揺れ動く。

 残された者の時間は、その日のその瞬間を境に止まってしまうのだ。民郎の心は復讐のために用意したナイフから、事件当日に壊れて止まったままの時計に移っていく。この時計と同じように、民郎の心も止まってしまった。その時は同じ悲しみや苦しみを共有したかに思えた周囲の人々も、民郎ひとりを置き去りにしたまま、新たな時の中を歩んでいこうとしている。加害者の少年やその家族も、何食わぬ顔で新しい生活を始めている。時が止まったのは民郎だけなのだ。その時はいつか動き始めるのだろうか? それとも、彼の時はいつまでも止まったままなのだろうか?

 日向寺太郎監督のデビュー作。主演の浅野忠信が、時間の止まってしまった悲しい男を好演している。時間の飛躍と回想シーンを巧みに入れ込んだ脚本もいい。マリが民郎に復讐を思い止まらせようとするばめんで台詞が観念的に感じたが、実際に同じような場面になれば、人は観念的な台詞しか吐けなくなってしまうのかもしれない。

今秋公開予定 渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国
配給・宣伝:パル企画、マジックアワー 宣伝協力:カマラド
2005年|1時間37分|日本|カラー
関連ホームページ:http://www.pal-ep.com/tagatameni/top.htm
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