ワンナイト イン モンコック 旺角黒夜

2005/06/09 シネカノン試写室
現代中国社会のひずみを描いた傑作犯罪ドラマ。
撮影も演技もすごくリアル。by K. Hattori

 言葉で言われてもいまひとつピンと来ない事柄を、直接絵で見せてくれるのが映画の強みだ。戦争の悲惨を語るため幾多の言葉を費やすよりも、よくできた戦争映画を1本観る方が手っとり早いことがある。映画は抽象的な概念を抽象的なまま観客に提示することができない。映画はどんな事柄も、具体的にスクリーンに映しだせる現象として観客に提示する。この映画で描かれているのは、現代中国における都市部と地方の貧富の格差だ。先だって中国で反日デモが起きたとき、ニュース解説で盛んに中国国内の所得格差問題を語っていた。この映画はそれを、具体的な絵として我々に見せてくれる。

 映画の舞台は香港だ。チンピラ同士のいざこざからヤクザ組織の対立抗争が激化し、一方の組織が敵対するボスを始末するため殺し屋を雇った。大陸からやってきたのは、フーという若い男。彼は香港到着後に仲介者からの連絡を待つが、ホテルでヤクザにからまれている娼婦タンタンを助けたことから、彼女とふたりで香港の街をさまよう羽目になる。じつはフーには殺しの仕事以外に、もうひとつの目的があった。それは香港に出たまま行方不明になっている、自分の恋人を捜すことだった……。

 物語は犯罪映画や警察映画の形式を借りているが、そこで浮き彫りにされているのは、大都会・香港の豊さと、そことは比較にならないほど貧しい中国の対立だ。大陸から香港にやってきた女たちは、娼婦として働くことが当たり前になっている。故郷に家族を残した男たちは、香港でヤクザ社会に足を突っ込む。映画は大陸からの流入者であるフーやタンタンの視点を通して、極貧の中国の中に浮かぶ大都会のきらびやかさと、その中で漂流する中国人たちの姿を描く。彼らは香港の中では、いつまでたっても根無し草のよそ者なのだ。例えばラム・シュー扮する電話屋のリウも、香港にすっかり根を下ろしているかに見えて、じつはまだ中国に深く根を張っている。

 殺し屋のフーを演じるのはダニエル・ウー。彼はもともとアメリカで生まれ育ち、香港で映画に出始めたころは言葉も不自由だった。娼婦のタンタン役は『喜劇王』や『星願 あなたにもう一度』のセシリア・チョンだが、彼女もオーストラリアで高校を卒業してから香港でCMモデルを始めたという経歴の持ち主だ。ふたりはこの映画の主人公たちとまるで境遇は違うが、外国から香港に来て仕事を始めたという点では主人公たちと重なり合う要素を持っている。この映画におけるキャラクターのリアルさは、ふたりがもともと持っていた香港との距離感に起因する部分が大きいかもしれない。特にダニエル・ウーはそれが顕著だ。

 監督は『つきせぬ想い』で香港の下町情緒を見事に描いたイー・トンシン。今回の映画でも香港の街の今を、リアルに切り取っている。犯罪ドラマや警察映画としても一級のでき。『ザ・ミッション/非情の掟』以来の傑作だ!

(原題:旺角黒夜 ONE NITE IN MONGKOK)

6月25日公開予定 キネカ大森
配給:ファイヤークラッカー、真空間 宣伝:グアパ・グアポ
2004年|1時間50分|香港|カラー|シネスコ
関連ホームページ:http://www.shin-kukan.jp/
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