天上草原

2005/2/9 映画美学校第1試写室
モンゴル族の夫婦に引き取られた失語症の少年の成長物語。
雄大なモンゴルの風景とエピソードの温かさ。by K. Hattori

 見渡す限りの草原と360度の地平線が広がるモンゴルの大草原を舞台に、草原に暮らす夫婦に引き取られた少年の成長を描いたヒューマンドラマ。父が刑務所に服役中、母にも捨てられ天涯孤独となった少年フーズは、父の刑務所仲間だったモンゴル族の男シェリガンに引き取られて草原で暮らし始める。シェリガンは博打好きがたたって暴力事件を起こし、5年間の刑務所で暮らしを終えて草原に戻ってきたところだ。妻のバルマとは5年前に離婚しているが、彼女はまだ幼い彼の弟テングリを立派な青年に育て上げてくれた。バルマとよりを戻したいシェリガンだが、ふたりの関係はぎくしゃくしている。だがひそかに兄嫁のバルマを慕っていたテングリが解放軍に入るため草原を去ると、シェリガンとバルマはまた夫婦としての暮らしを始めた。そんなゆったりとした草原の時間の中で、ひ弱な都会の子供だったフーズも少しずつたくましく成長していく。

 監督の塞夫(サイフ)と麦麗絲(マイリース)は内モンゴル出身の夫婦監督で、これまでにもモンゴルを舞台にした映画を何本も撮っているという。モノゴルを舞台にした映画はあっても、モンゴル族の監督が撮る映画というのはそれほど多くはないそうで、そういえば僕もモンゴルの映画としてすぐ思い出すのは、ニキータ・ミハルコフの『ウルガ』であったり、椎名誠の『白い馬』であったりするわけでして……。

 映画には成長したフーズが自分の少年時代を回想するナレーションがしばしば挿入されるので、ここで描かれた話は今から数十年前の出来事ということだろう。映画に描かれたようなモンゴルの風俗が、そのまま現在のモンゴルそのままであるわけではないと思う。しかしこうして物語と距離を置いたことで、映画全体が優しい温もりを感じさせてくれるものになったのは間違いない。例えば解放軍兵士の制服を着たテングリが主人公たちのゲル(テント)に戻ってくるシーンは、ノスタルジーのオブラートなしには痛ましくて見ていられないものになってしまっただろう。

 牛に引かれた荷車がゆっくりと画面を進むと、そこに馬に乗った人が猛スピードで近づいてくるという導入部から、何もない広い空間をたっぷり使った、ダイナミックで雄大な絵作りが続いていく。そのテンポはあくまでもゆったりと伸びやかだ。ただしそのゆったりテンポが、終盤クライマックスの競馬シーンにまで影響を及ぼしているのは少し残念。フーズの乗った馬が全体の中でどのへんを走っているのか、観ていてもよくわからないのは困った。競馬シーンを計算して演出するにはものすごく手間がかかるので、この映画はそこまで手をかけなかったのかもしれない。ふんだんにお金をかけたハリウッド映画の『シービスケット』のようにはいかないのです。まあそれでもこのシーンでは、少年があげる勝利の雄たけびを聞いて涙ぐんでしまうわけですが……。

(原題:天上草原 Heavenly Grassland)

3月12日公開予定 東京都写真美術館ホール
配給:オムロ
2002年|1時間53分|中国|カラー|シネマスコープ|ドルビーデジタル、DTS
関連ホームページ:http://www.omuro.co.jp/
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