ベルリン・フィルと子どもたち

2004/11/11 メディアボックス試写室
サイモン・ラトルとベルリン・フィルによる教育プログラムの記録。
教育関係者は参考になるはず。ぜひご覧あれ。by K. Hattori

 2002年に名門ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督兼首席指揮者に就任したサイモン・ラトルが、初めて取り組んだ大プロジェクト。それはオーケストラが演奏するストラビンスキーのバレエ曲「春の祭典」に合わせて、それまでダンス経験のない250名の子供たちが踊るという教育プログラムだった。東西ドイツの合併で貧富の格差が拡大し、しかも世界各地から移民や難民が流れ込んでくる大都会ベルリン。そこで言葉も文化も異なる世界25の国からやってきた子供たちは6週間のダンスレッスンを受け、世界ナンバーワンのオーケストラと共演するのだ。

 映画はこのプロジェクトの準備段階からスタートし、ラトルや振付師のロイストン・マルドゥームを始めとする関係者、自分たちの意思とは無関係にダンサーとしてこのプロジェクトに駆り出された子供たちのインタビューを交えながら進行していく。そこで描かれているのは、クラシック音楽の本場ドイツでさえ、既にクラシック音楽やオーケストラは子供や若者たちにとって縁遠い存在になっているという事実。そして大人たちの指導や叱責にふてくされ、言われたことができない自分たちをふざけて笑い、挙げ句のはてには指導ボイコットまで行う、日本にもいるであろうごく普通の子供たちの姿。その中からピックアップされた子供たちが抱えている、あまりにも過酷で残酷な世界の現実だ。

 この映画に登場する子供たちは、いい家庭に生まれ育った優等生ではない。プロジェクト参加の250名全員がそうだとは言わないが、少なくともこの映画に登場するレッスン場に通う子供たちは、どちらかと言えば平均以下のおちこぼれグループだろう。これといった人生の目的はなく、自分のやりたいこともわからない。しかもこの子供たちは、もともとクラシック音楽にもバレエにも興味などないのだ。学校から選抜されてプロジェクトに加わったとしても、苦しいダンスの稽古に耐えなければならない積極的理由を子供たち自身は持っていない。

 そこでロイストンたち指導者が、そんな今どきの子供たちをいかにしてダンスという共通の目的に目覚めさせるのか。いかにして子供たちから自主性ややる気を引き出していくのか。このあたりは、子供を持つ親たちや教育関係者にとっても気になるところだろうし、映画を観れば教育についてのヒントがひとつやふたつは必ず見つかることだろう。

 最初の内はダラダラ遊びほうけていた子供たちが、目の色を変えてダンスに打ち込む姿は感動的。教育プログラムによって、確かに子供たちは変わった。それだけの力が、この教育プログラムにはある。しかしそれを「音楽万歳!」にしてしまわないのが、この映画の誠実さだ。ことは音楽に限らない。同じように何かに打ち込める機会を、できるだけ多くの場所で、より多くの子供に与えることができれば、世の中は少しずつよくなるに違いない。

(原題:Rhythm is It!)

12月4日公開予定 ユーロスペース
配給:セテラ
2004年|1時間45分|ドイツ|カラー|1:1.85
関連ホームページ:http://www.cetera.co.jp/
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