華氏911

2004/09/08 錦糸町シネマ8楽天地(シネマ4)
カンヌ映画祭でパルムドールを受賞したマイケル・ムーアの新作。
ムーアの映像センスはやはり卓越している。by K. Hattori

 マイケル・ムーアがドキュメンタリー映画の分野で果たした最大の功績は、「ドキュメンタリー映画にジャーナリズムの公平さは不要だ」ということを観客に知らしめたことだと思う。ムーアのドキュメンタリーは主張が明確だ。目の前にある“事実”に対して、ムーア本人が何を感じ、何を思い、何を考えたのかが、ストレートに観客に伝わってくる。それはマイケル・ムーアという“個人”の思考であるがゆえに、政治的な中立性などないし、時として誤解や偏見に満ちた一面的評価になっていることもある。しかし「それでいいのだ!」「俺は俺の伝えたいことを、伝えたいように伝えるまでだ!」とムーアは開き直っている。そしてムーアは、そんな自分の偏りっぷりをまったく隠そうとしない。それは公正中立を標榜しつつ、じつはたっぷり偏向したニュースをたれ流している報道機関にマネのできないスゴイことなのだ。

 マイケル・ムーアの主張はいつだって一貫している。それはこの『華氏911』で主張されていることが、彼の著書「アホでマヌケなアメリカ白人」の記述と多くの場面で重なり合っていることでも明らかだろう。ムーア曰く、ブッシュは投票の不正な操作で大統領になった。ムーア曰く、アメリカ政府はタバコ産業を守るために、飛行機へのマッチやライターの持ち込みを許可している。少なくともムーアの著書を読んだことのある人や、アメリカ政府の政策に批判的なジャーナリズムに身近に接している人たちにとって、『華氏911』の主張はさほど目新しいものではないだろう。しかし主張の新しさがないからこそ突出して見えるのは、この映画の中でムーアが披露する映像作家としての凄味だ。

 ある時は、アメリカ政府がビンラディンの家族をみすみす出国させてしまった様子を、刑事ドラマの中の有能な捜査官の姿と対比させる。ある時は、ブッシュ大統領の「敵をいぶり出す」という発言を、古い映画かドラマの中の「いぶり出せ!」という台詞と対比させる。「イラクから独裁者を追放して人々に自由を」と叫ぶブッシュの映像に、爆撃でこの世の地獄を味わうイラク国民の姿を映し出す。ブッシュ大統領の戦闘終結宣言の直後には、仕掛けられた爆弾で米兵が吹き飛ばされる。こうした対比によって、ムーアはイラク戦争がいかに欺瞞に満ちたものなのかを浮き彫りにしていくのだ。

 陰謀論めいた政治の話から、自分の地元で起きている悲劇まで、この映画の視点はめまぐるしく移動していく。だが映画の最後にムーアが矛先を向けるのは、アメリカの裕福なエリート層が起こした戦争で、アメリカの貧困層が食い物にされている現実だ。爆撃されたバグダッドの街並みと、アメリカの貧しい田舎町の何と似ていることか。貧しい自国民を切り捨てにして富裕層は戦争で大金を儲け、貧困層は息子や娘の命を国家に差し出さざるを得ない国アメリカ……。ムーアはそれに怒っている。

(原題:Fahrenheit 9/11)

8月14日公開 恵比寿ガーデンシネマ他・全国洋画系
配給:ギャガ、博報堂DYメディアパートナーズ、日本ヘラルド映画
2004年|1時間52分|アメリカ|カラー
関連ホームページ:http://www.kashi911.com/
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