隠し剣 鬼の爪

2004/08/04 東京国際フォーラム・ホールA
山田洋次監督による藤沢周平原作時代劇の第2弾。
『たそがれ清兵衛』より山田色は強い。by K. Hattori

 山田洋次監督が『たそがれ清兵衛』に続いて撮った、藤沢周平原作の時代劇映画。原作は「隠し剣鬼ノ爪」と「雪明かり」で、『たそがれ清兵衛』と同じく山田監督本人と朝間義隆が共同で脚色している。主演は『息子』『学校II』など何本かの山田作品に出演している永瀬正敏。他にも吉岡秀隆や倍賞千恵子など山田組常連の顔も見える。(主人公の家で倍賞智恵子と吉岡秀隆が並んで座ると、まるで「とらや」だ。)共演は松たか子、小澤征悦、田畑智子、高島礼子、小林稔侍、緒形拳などなど。『たそがれ〜』の剣客役で注目された舞踏家・田中泯が、今回は剣の師匠役で出演しているのも見もの。

 この映画は『たそがれ清兵衛』の撮影直後に企画されたというが、内容的には『たそがれ清兵衛』をそっくりなぞっているようにも見える。高潔な下級武士がいる。家は貧しく、妻はいない。秘かに思いを寄せていた女は別の家に嫁いだが、結婚が失敗して主人公のそばに戻ってくる。しかし主人公は彼女と結婚することができない。身分が違うからだ。やがて主人公に、藩に反逆した男を討てとの命令が下る……。細かな違いはいろいろあるが、物語の構造そのものは『たそがれ清兵衛』と『隠し剣 鬼の爪』は双子の兄弟だ。

 おそらく山田監督はこの映画を通じて、『たそがれ清兵衛』でやり残したことを実現したいという思いがあったのだろう。『たそがれ清兵衛』は確かにいい映画だが、監督が初めて時代劇を作るという気負いがあった。国民的名声を得ている巨匠監督として、絶対に失敗を許されないところで映画を作る慎重さが先に立っていたようにも思う。映画が硬いのだ。山田作品らしい柔らかさや膨らみに欠けているのだ。僕は『たそがれ清兵衛』のそんな硬質さを好ましく思ったのだが、いわゆる「山田節」はそこになかったと思う。

 だが今回の『隠し剣 鬼の爪』は、いかにも山田洋次監督らしい映画になっている。ここに登場する永瀬正敏と松たか子のカップルは、まるで寅さん映画に登場する不器用なカップルそのものではないか。互いに好意を持っているのに、それを言い出せないもどかしさ。『隠し剣 鬼の爪』の片桐宗蔵という主人公は、同じ永瀬正敏が『息子』で演じた青年と同じにおいがする。がちがちの時代考証や時代劇の約束事より、まず人物重視の映画になっている。

 永瀬正敏は決して大スターではなく、等身大の青年を演じると光る役者だが、今回はそんな彼のキャラクターにぴたりとはまる映画になっていると思う。これは決して目立つところのない平凡な男が、自分の身の丈にあった生活を慎ましく生きようする物語なのだ。『たそがれ清兵衛』の真田広之はチャンバラシーンになると俄然輝きを増してアクションスターの顔になってしまったが、今回の永瀬正敏は斬り合いをしている時も不器用な青年の顔のままだ。これが今回の、山田監督の狙いだったのかもしれない。

10月30日公開予定 全国松竹東急系
配給:松竹
2004年|2時間11分|日本|カラー|ヴィスタサイズ|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.kakushiken.jp/
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