父と暮せば

2004/04/06 松竹試写室
原爆をテーマにした井上ひさしのふたり芝居を映画化。
心臓をわしづかみにされるような感動。by K. Hattori

 前作『美しい夏キリシマ』で昨年度のキネマ旬報ベストテン1位を取った黒木和雄監督の新作は、井上ひさしの同名ふたり芝居を忠実に映画化した作品だ。この映画は『TOMORROW/明日』と『美しい夏キリシマ』に続く、「戦争レクイエム三部作」の完結編にあたるという。主演は宮沢りえと原田芳雄。ふたりの会話に登場する青年の役で、浅野忠信が少し姿を見せるが、実質的にはふたり芝居と言っていいだろう。この映画は原作戯曲を映画用に脚色して拡張することをせず、あえて舞台劇の臭いを強く残したままにしてある。映画が作り出すリアリズムの世界ではなく、舞台劇の空間だけが作り出せる濃密な物語世界が、この映画には絶対に必要だったのだ。

 1948年。原爆投下から3年後の広島の夏。爆心地に近い焼け跡の家に、図書館勤めの美津江はひとりで住んでいる。家で待っているのは父親だ。しかし父は3年前の原爆で亡くなっている。ここに現れたのは、娘の美津江を心配する父親の幽霊なのだ。父娘ふたりきりの家の中で、美津江は父の存在をごく自然に受け入れる。やがてふたりの会話は、美津江が図書館で出会った木下という青年の話題になる。木下は美津江に好意を持ち、美津江も彼に対して好意を持っている。父は美津江の気持ちを察して木下青年との交際を勧めるのだが、美津江はその話題になった途端にさっと顔を曇らせて厳しい表情を見せるのだ。「うちは幸せになってはいけんのじゃ」と美津江は言うのだが……。

 映画を観はじめてすぐに、ここに登場する父親の幽霊が、じつは美津江自身の心が生み出した幻影であることがわかる。美津江本人もそれを自覚しているから、父がひょっこり現れても少しも慌てないのだ。原爆投下で親しい人たちをすべて失ったあと、死んでいった人たちに申し訳なくて、生き残った自分の身の上が後ろめたくて、一切の幸せと無縁に生きていこうと思い詰めている自分。しかし23歳の乙女心は、ひとりの青年に出会うことで揺れ動く。彼女はここで初めて気づいたのだ。「わたしも幸せになりたい」「本当は幸せになりたいんだ!」と。でもそれを声に出せず、彼女はそのささやかな願いを胸の中で押しつぶす。その結果生み出されたのが、娘の幸せを切実に願う父親の幽霊というわけだ。

 物語は火曜日から金曜日までの4日間を描いているが、その間に娘の葛藤が少しずつ深くなっていく構成。原爆が生み出した悲劇の一般状況や外的状況から、ひとりひとりの人間が味わった筆舌にしがたい悲劇へと、話の焦点が少しずつにじり寄っていく迫力には息が詰まりそうになる。原田芳雄の芝居が素晴らしい。感情表現の瞬発力とボリューム感には胸を打たれた。宮沢りえの芝居は、トップスピードに乗るまで少し時間がかかる感じ。これは上手い下手ではなく、芝居のタイプが違うのだろう。最後までハラハラさせて、あとには深い余韻が残る傑作。

7月31日公開予定 岩波ホール
配給:パル企画 宣伝:オフィス・エイト、岩波ホール
2004年|1時間40分|日本|カラー|ビスタサイズ
関連ホームページ:http://www.pal-ep.com/chichitokuraseba/chichitokuraseba-top.htm
ホームページ
ホームページへ