キッチン・ストーリー

2004/03/25 松竹試写室
平凡な台所から生まれる男同士の友情のドラマ。
監督は『卵の番人』のベント・ハーメル。by K. Hattori

 20世紀に電気やガス・水道などが各家庭に浸透してくると、急速に近代化したのが台所だった。1950年代初頭のスウェーデンではより住空間改善の基礎資料を作るため、台所や食堂周辺で人々がどのように行動しているかを調べる大規模な動線調査を実施した。実験室に作られた模擬ダイニングキッチンでの実験に続いて行われたのは、実際の台所に調査員を送り込んでのフィールドワーク。調査対象は国内外の様々な範囲に及んだ。当時はまだ安価なビデオカメラなどない。調査はすべて手作業だ。調査に協力してくれる家庭の台所に、調査員が脚立のような高い椅子を据え付け、住民の行動を逐一調査用紙に記入する。だがその際、調査対象となる人と調査員は、一切口をきいてはならない。

 ノルウェーの田舎町に住むイザックという老人のもとに、フォルケという調査員がやってきた。イザックの台所の片隅に高い椅子を置き、その上に陣取ってじっと様子を観察しているフォルケ。だがイザックはほとんど台所を使わず、煮炊きはほとんど自分の寝室で行っているらしい。フォルケの調査はいきなり暗礁に乗り上げてしまう。イザックとフォルケは互いに無言のまま相手を牽制し続ける。だがある時ふとしたきっかけから、ふたりはおずおずと言葉を交わすようになるのだった。この日を境に、ぐっとうち解けて親しくなるふたり。これはフォルケにとって重大な契約違反だ。こんなことが上司にばれたら、彼はあっという間にクビになり、調査も打ち切られてしまうに違いない……。

 監督・脚本のベント・ハーメルは、実際にスウェーデンの家庭研究所が作った台所動線図を見てこの映画を思いついたという。つまりこの突飛な設定は、今から半世紀ほど前に実際にあったものなのだ。日常生活空間の中に突然奇怪な高い椅子が現れ、その上に座る男が完全に無言のまま住人の行動を観察し続けるというのはかなりシュール。映画の序盤はこのシュールな空間で、ふたりの男が見えてる相手をあえて無視し続ける。これは明らかに不自然なのだが、不自然な状態の中で日常を送ろうとすれば、当然その日常も不自然でぎこちない。それがある一点から解きほぐされて行く時の安堵感に、観客も肩の力がスッと抜けるのだ。映画はここから第二幕に突入だ。

 この映画は極上のバディムービーだ。年齢も境遇も生い立ちも違う男ふたりが、最初は互いに反発と不信感を募らせるが、やがて強い絆で結ばれていく。ロードムービーなどではよくあるパターンだが、この映画はそれを「ノルウェーの片田舎の家にある平凡な台所」という空間で展開している。だがこの映画の巧妙さはそれだけではない。映画にはイザックの数少ない友人であるグラントという男が登場して、主人公たちふたりのドラマに外側から介入してくる。グラントとフォルケの関係が、最後にはもうひとつのバディムービーとしてまとめ上げられているうまさ。

(原題:Salmer fra kjokkenet)

春公開予定 Bunkamuraル・シネマ
配給:エスピーオー 宣伝:樂舎
2003年|1時間35分|ノルウェー、スウェーデン|カラー|ビスタ|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.kitchenstory.jp/
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