みなさん、さようなら

2004/03/09 メディアボックス試写室
第76回アカデミー賞で最優秀外国語映画賞を受賞した映画。
テーマは重いが語り口は軽やかだ。by K. Hattori

 今年のアカデミー賞で最優秀外国語映画賞を受賞した作品。日本人には「アカデミー賞で『たそがれ清兵衛』を破ったカナダ映画」と紹介するのが手っ取り早いかも。監督・脚本のドゥニ・アルカンは『アメリカ帝国の滅亡』と『モントリオールのジーザス』で過去2回オスカー候補になっており、今回は3度目にして初の外国語映画賞受賞となった。

 物語の主人公は大学で長年歴史の教授として教鞭を執っていたレミという男と、その息子のセバスチャン。レミの奔放な女性関係に耐えられず、夫婦はもうずいぶん昔から別居状態。息子のセバスチャンもおよそ父親らしい態度を見せない父を嫌って、父とはまるで正反対の証券ディーラーとしてロンドンで生活している。だが病院で末期ガンと診断されたレミは、最後の時を自分の親しい友人たちと一緒に過ごしたいと願う。ロンドンから呼び出された息子は父と衝突しながらも、最後の時を楽しく過ごせるように骨折りする。父の友人や元愛人たちを電話で呼び出し、病院の空きスペースに父専用の特製個室を用意し、末期ガンの苦痛を和らげるために街頭でヘロインまで入手してくるのだ。懐かしい顔ぶれと再会し、青春時代を取り戻したように溌剌とした表情を見せるレミ。だが病気は容赦なくレミの肉体を蝕み続け、やがて終わりの時がやってくるのだが……。

 映画の原題『Les Invasions barbares』は「蛮族の侵入」という意味。映画の中では外国人の麻薬ディーラーや、アメリカの同時多発テロなどを取り上げつつ、それを「歴史教師レミ」の視点で歴史的に相対化していく。歴史を顧みれば、南北アメリカにとって最大の「蛮族」は、ヨーロッパから新大陸目指して渡ってきた人々に他ならない。そこでどれだけの人間が惨殺されたことか。歴史は動いている。今まさに、我々は動き続ける歴史のただ中にいる。過去と現在。現在と未来。その中で暮らしている私という一個人……。

 だがおそらくこの映画で描こうとする最大の「蛮族」は、人間にとっての「死」という現実なのだ。どんなに社会が発達しても、どんなに科学技術が進歩しても、人間には否応なしに「死」が訪れる。死はすべての人の人生を、その人の生きてきた道のりを、関わってきた人たちとの関係を、一切合切「無」にしてしまう。歴史学者のレミは「私は自分の死に意味を見いだせない」と嘆く。すべての人に、平等に訪れる「死」という現実。人類の歴史が始まるよりずっと前から、すべての民族、すべての国民、すべての個人に襲いかかり、打ち倒してきた「死」という蛮族を前に、レミはたったひとりで恐れおののいている。

 劇中ではレミの世代を示すキーワードが次々に登場するので、日本でも団塊の世代以上の人たちにはレミが親しい同時代人として感じられるかもしれない。でもこの映画が描くのは、世代や地域に関係のない、人類普遍の真実なのだ。

(原題:Les Invasions barbares)

4月中旬公開予定 シネスイッチ銀座、関内MGA
配給:コムストック
2003年|1時間39分|カナダ、フランス|カラー|シネマスコープ|ドルビーSRD
関連ホームページ:http://www.comstock.co.jp/
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