風の痛み

2004/03/05 映画美学校第2試写室
故郷を遠く離れた土地で運命の恋人と再会した男の物語。
恋の不条理と苦しみを切々と描く。by K. Hattori

 コメディ映画『ベニスで恋して』のシルヴィオ・ソルディーニ監督の新作は、チェコからスイスに亡命した若者の恋を描いた、かなりせっぱ詰まったラブストーリー。イタリア映画だが、劇中でイタリア語が流れるのは映画の最後の数分だけ。その他のシーンはフランス語とチェコ語が使われている。

 スイスの時計部品工場で働いているトビアシュは、少年時代に祖国チェコをたったひとりで脱出し、放浪の末に今の仕事にたどり着いた作家志望の青年だ。生まれ故郷の小さな村で、母は身体を売って息子トビアシュを養った。やがて自分の父が常連客の小学校の教師であることを悟った彼は、寝込んでいる父と母を指して家を飛び出したのだ。スイスでの生活は恵まれたものではないが、取り立てて大きな不幸もない。親しい女友だちもいる。ハンサムな彼は女性にモテモテなのだ。だが彼はどんな女性とも真剣に付き合えない。彼の心の中には、永遠の恋人リーヌがいるからだ……。

 心の中で理想の女性を作り上げ、現実の女性を比較して「この女はだめだ」と言っているトビアッシュ。観客はこの段階で、トビアッシュが今後も絶対に幸福になれないであろうことを確信するだろう。彼が恋しているのは、彼の作り上げた幻影の女なのだ。現実にはリーヌなんて女性はいない。彼は思いを寄せる女性を永久に拒絶し、おそらくは孤独に死ぬに違いない。あるいはどこかでつまらない女に引っかかって、生活を台無しにしてしまうかだ。だがそんな理想の女リーヌが、ある日突然トビアッシュの前に現れる。リーヌは幻想の女ではなかったのだ。トビアッシュ本人すら忘れていた遠い日の記憶の中から、永遠の恋人リーヌは忽然と姿を現す。何という偶然。何という幸福。

 2時間の映画は前半で工場労働者トビアッシュの日常を淡々と描く。リーヌが現れるのは映画の半ばになってからだ。これによって、トビアッシュの生活は一変する。ずっと長い間、恋い焦がれていた運命の女リーヌ。だが彼女はトビアッシュが愛してはならない相手、愛することのできない女性なのだ。彼女は人妻。しかも自分が殺した男の娘。そして血を分けた実の妹なのだから……。

 人を愛することの身もだえするような喜びと苦しみを、切々と描いた作品だ。リーヌを愛する気持ちと、愛することのできない現実の間に引き裂かれていくトビアッシュ。彼の愛に大きく心を揺り動かされながら、目の前にある生活との間で引き裂かれていくリーヌ。ふたりが結局どうなるのか、最後の最後まで観客はかたずをのみながら見守るしかない。

 原作はアゴタ・クリストフの小説「昨日」。スイスを舞台にしたチェコ人労働者の物語をイタリア人監督が映画にするというのは、香港に出稼ぎに出たフィリピン人労働者の話を日本人が映画化するのと同じようなものだろうか。チェコ人がこの映画を観ると、どう思うんだろう。

(原題:Brucio nel vento)

5月下旬公開予定 ユーロスペース
配給・宣伝:樂舎 配給協力:ユーロスペース
2001年|1時間58分|イタリア、スイス|カラー|1:2.35シネマスコープ|ドルビーSRD
関連ホームページ:http://home.m02.itscom.net/rakusha/
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