赤目四十八瀧心中未遂

2004/01/25 シネマ下北沢
無為に生きるインテリ男が尼崎で出会った不思議な人々と事件。
荒戸源次郎が車谷長吉の直木賞受賞小説を映画化。by K. Hattori


 平成10年の第119回直木賞を受賞した車谷長吉の同名小説を、鈴木清順の浪漫三部作や阪本順治の初期作品などを製作した荒戸源次郎が監督した文芸ドラマ。荒戸監督は95年に初監督した『ファザーファッカー』に次き、これが監督第2作目となる。主演はこれがデビュー作となる大西滝次郎と、初主演映画『ヴァイブレータ』も公開中の寺島しのぶ。映画は批評家からも好評で、毎日映画コンクールの日本映画大賞、ブルーリボン賞作品賞などを受賞。キネマ旬報ベストテンでは日本映画で第2位。寺島しのぶはこの作品と『ヴァイブレータ』で、昨年度の主演女優賞を軒並み受賞している。

 何かに絶望して東京から兵庫県の尼崎まで流れてきた生島与一は、窓も開かぬ古い木賃アパートの一室に閉じこもり、牛豚の臓物を串に刺す仕事を始める。1本5円。1日のノルマは1千本。プライバシーなどないアパートの薄い壁越しに、アパートで暮らす得体の知れない男や女たちの生活が少しずつ見えてくる。隣の部屋の売春婦。マネキン人形を連れ歩く老夫婦。向かいの部屋には彫物師。そして階下の一室には美しい綾がいた。生島がもう街を立ち去る頃かと考えていた夜、彼の部屋を突然綾が訪ねてきた。ふたりは動物のように激しくまぐわうのだが……。

 映画に描かれる尼崎(アマ)の風景はきわめて濃密で、むせかえるような生活のリアリティを感じさせる。それに対して主人公であり語り手でもある生島は生活臭の希薄な男であり、たったひとり標準語で、しかもインテリ風に漢語混じりの奇怪な日本語を使うという点で、明らかに周囲の世界から浮かび上がっている。じつはこの映画、主人公が異世界に迷い込む物語なのだ。どれほどリアルに描かれても、ここに登場する尼崎は我々が暮らす現実の世界とは別次元に存在している。それがわからないと、映画の終盤で何が起きているのか理解に苦しむことになる。

 映画の導入部にチョウを追う少年が登場するのがミソ。この少年は映画の最後にも登場して、映画は「チョウを追う少年」の姿でサンドイッチになっている。このチョウと少年の姿から荘子にある「胡蝶の夢」の故事を連想できれば、それだけでこの映画の内容がすっと腑に落ちる仕組みだ。荒戸監督はかつて鈴木清順の浪漫三部作でも同じような「夢とうつつ」の世界を描いていたっけ……。

 生島を演じた大西滝次郎は演技がひどく硬いのだが、それが自然体そのままの芝居を見せるベテラン俳優たちの存在と面白いコントラストを生み出している。たったひとりで臓物を刻み串に刺し続ける生島より、マネキンに語りかける老夫婦や山手線の役名をつぶやく娼婦の方が自然に見えるという逆説。生島の存在と尼崎の世界に暮らす人々の間には大きな断絶があるが、それをたったひとりで乗り越えてくるのが綾。大胆な濡れ場すら堂々とこなす、寺島しのぶの存在感は圧倒的だ。

10月25日公開 ポレポレ東中野、横浜日劇、シネマ下北沢
配給:赤目製作所
2003年|2時間39分|日本|カラー|シネマスコープ
関連ホームページ:
http://www.akameworks.com/

DVD:赤目四十八瀧心中未遂
サントラCD:赤目四十八瀧心中未遂
原作:赤目四十八瀧心中未遂
関連DVD:荒戸源次郎監督
関連DVD:大西滝次郎
関連DVD:寺島しのぶ

ホームページ

ホームページへ