零 -ゼロ-

2004/01/08 KSS試写室
太平洋戦争末期、練習機での特攻を命じられた若者たちの青春。
主役が杉浦太陽では脚本の意図がまるで生きない。by K. Hattori


 教師を定年退職してから大検受験者のための予備校を開いている久我は、教室の生徒たちを見て同じ世代だった頃の自分自身を思い出す。その頃の日本は太平洋戦争末期。久我は特攻隊の出撃基地に、学徒出身の新任将校として赴任したばかりだった。そこで出会ったのが、空戦のエース・パイロットとして名をとどろかせている長谷川龍太郎。「飛行機乗りは敵機を撃ち落とすのが使命。爆弾抱えての体当たりなど、飛行機乗りの誇りが許さない!」と言い切る長谷川は目下の飛行士仲間からは慕われていたが、歯に衣着せぬ言動が部隊の上層部から嫌われていた。長谷川は新任の久我を目の敵にするが、やがて彼と友情を深めていく。だがそんな部隊にも、特攻への出撃命令が下った……。

 太平洋戦争末期に日本が行った特攻作戦では、物資不足のため満足な飛行機さえ用意できないことがしばしばあり、実戦を想定していない練習機までが作戦に従事する有様だった。この映画のタイトルは『零 -ゼロ-』で、主人公の長谷川龍太郎上飛曹はゼロ戦を駆って敵機を撃ち落とすこと三十余機という空戦のエース。だがこの映画の中で彼が送り込まれている特攻基地には、そのゼロ戦が皆無なのだ。あるのは機上練習機の白菊のみ。こんなもので敵艦隊に突っ込めば、対空砲火であっという間に撃ち落とされてしまう。この特攻作戦には、そもそも「敵艦の進行を食い止める」ことが期待されていないのだ。

 監督・脚本はオリジナルビデオの世界で活躍している井出良英。普段は麻雀やH系ビデオを撮っている監督が今回こうした映画を撮ることになった経緯は知らないが、できあがった映画はかなりの力作と言っていいだろう。練習機を使った特攻作戦を描くことで、戦争の理不尽さや不条理さ、自分自身の死と向き合って苦しむ青年たちの葛藤、まだろくに女性経験すらない若者たちが命令ひとつで命を散らしていく無惨さが強調される。低予算映画という制限の中でも、戦争末期の時代を画面になるべく再現していこうという誠意も見える。

 だが残念なことに、この映画は監督の意気込みを受け止め切れていないのだ。辺見えみりは意外によかったし、高野八誠も不器用な青年士官を好演している。でも肝心の主人公・長谷川龍太郎を演じた杉浦太陽には、貧しい境遇から海軍のエースにまではい上がったたくましさがまるで感じられない。この役に求められるのは、ふてぶてしい生命力、抜け目のない狡猾さ、敵対するものに牙をむく凶暴性といった野良犬の資質だ。これが新任士官の久我が持つ、血統書付きの犬めいた優雅さや上品さと対照的なコンビとなる。要するに『兵隊やくざ』シリーズの勝新と田村高廣の再現だ。だが杉浦太陽は室内で飼う小型犬みたいなもので、吠えてもキャンキャンうるさいだけなのだ。製作サイドから「杉浦太陽でぜひ!」ということだったのだろうけど、これはまるでミスキャスト。

1月31日公開予定 テアトル池袋
配給・宣伝:ケイエスエス
(2003年|2時間3分|日本)
関連ホームページ:
http://www.kss-movie.com/zero/

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