涙女

2003/11/26 東芝エンタテインメント試写室
嘘泣きのうまい女が泣き女の仕事で売れっ子になるのだが……。
中国の今を巧みに切り取るディテールの面白さ。by K. Hattori


 都会に出て一旗揚げようと意気込んでみたものの、思惑通りに行かず裏通りの長屋でくすぶっている負け組たち。北京の裏町はそんな負け組たちであふれている。この映画のヒロインであるグイも、そんな負け組の一員だ。グイが負けっぱなし人生にどっぷりはまりこんでいる最大の理由は、田舎から一緒に出てきた夫ゲンの不甲斐なさだろう。彼はグイが稼いできたわずかな金を、負け組仲間がつるんで打つ麻雀ですべてスッてしまうのが常なのだ。ある日ゲンは麻雀仲間とのケンカで相手に大ケガをさせ、刑務所に入れられてしまう。ひとりになったグイは故郷の田舎に送り返され、知人の紹介で葬式の泣き女の仕事を始めるのだが……。

 泣き女(映画の字幕では「哭き女」)の習俗は世界各地にあって、日本でも比較的最近まで地方には残っていたものだという。葬儀とは故人を悼んだり追慕したりする気持ちを儀式化したものだが、そこで「悲しみの気持ち」までも儀式化してしまったのが、泣き女や泣き男のルーツだろう。あるいは死者を弔う際の、呪術的な意味合いもあるのかもしれない。中国でも都市部ではすっかり姿を消してしまった泣き女だが、この映画を観ると、地方にはまだこの習慣が残されていることがわかる。

 この映画の面白さは、グイというきわめて現代的な中国人女性をヒロインの姿を、中国に今も残る泣き女の習俗と対比させているところにある。葬儀というのは近親者が行うもので、集まってくるのも親戚や近所の人々などに違いない。ここには古い時代から連綿とつながる、地縁と血縁に結ばれた人々のコミュニティがある。これに対して、ヒロインのグイは家族もいなければ親戚もない一匹狼。この映画には、都会と地方、地域共同体の中でくらす人々とそこから切り離されたヒロインなど、現代中国の両極端の側面が描かれているのだ。

 ヒロインのグイは強烈な個性の持ち主。とにかく利己的でドライなのだ。そんな彼女が、自分に散々苦労をさせてきた夫を保釈してもらおうと、金をためたり刑務所に通ったり奔走するというのが一応のストーリー。さんざん強がりを言っていた彼女の心に、どうしようもない孤独が巣食っていることは、映画の後半になって痛いほど伝わってくる。しかしこの映画の面白さはこうした物語の中にあるのではなく、現代中国の一断面を、このヒロインの姿を通してきれいに切り取って見せたところにあるのだろう。

 ヒロイン周辺にいる人物たちが、それぞれ今の中国の特徴を代表する顔を見せる。押収した違法CDからめぼしいものを物色する警官。他人に子供を預けたまま失踪する家族。かつての劇団長はクラブでホステスまがいの歌手をしている。葬儀屋のヨーミンは金勘定と打算の人だ。北京から送り返された後、妻と離婚して再び北京に舞い戻る男もいる。ヒロインの奮闘や孤独より、こうした描写に僕は面白さを感じた。

(原題:哭泣的女人 Cry Woman)

2004年新春公開予定 シブヤ・シネマ・ソサエティ
配給:ミラクルヴォイス、ビターズエンド 宣伝:ミラクルヴォイス
(2002年|1時間30分|カナダ、フランス、韓国)
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DVD:涙女
関連DVD:リュウ・ビンジェン監督

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