めざめ

2003/11/12 映画美学校第2試写室
スペインの闘牛場から始まるオムニバス風の群集劇。
脚本の構成と演出のうまさに舌を巻く。by K. Hattori


 デルフィーヌ・グレーズ監督の長編デビュー作。短編映画の世界で既に名声を得ていた彼女は、この長編第1作目でいきなり2時間12分という長丁場、しかも互いに関係のない複数のドラマが同時進行していく複雑なドラマに挑んで成功している。スペインの闘牛場で重傷を負った若い闘牛士と、闘牛士に殺されて食肉解体場へと運ばれていく雄牛の巨体。これを振り出しにして、暮らす場所も言葉も境遇も異なる十数人の人々のドラマが、パッチワークキルトのように継ぎ合わされていく。映画の最後にこれらのドラマは互いに手を取り合って、小さなエピソードから想像もできなかった大きな物語の中にピタリとはまりこむ。パズルのピースをひとつひとつ集めて少しずつ全体像が見えてくるのではなく、バラバラのピースをぱっと頭上に放り投げたら、落ちたところでひとりでに大きな絵ができているような感覚。これはもう魔法のようなものだ。

 物語をつなぎ合わせているのは殺された雄牛なのだが、雄牛という動物が持つ神秘性が、この映画の魔法を演出する大きな要素になっているようにも思う。古代の神話に牛の神様がしばしば出てくることからもわかるように、牛というのは人間を敬虔な気持ちにさせてしまう不思議なパワーを持っているのだ。この映画の中では、雄牛の角の一撃で物語全体が前に動き始める。牛は解体されて、肉になり、骨になり、剥製にされても、登場人物たちの人生を支配する神秘的な力を失わない。この映画を貫くのは高みから登場人物たちの人生を見下ろす「神の視点」だが、その神とは「死んだ雄牛」なのだ。

 エピソードのひとつひとつは独立しているが、それらをリレーしていく部分に少しずつ意地悪な仕掛けがある。闘牛場の黒い雄牛はテレビの前の黒い犬につながり、闘牛場は売れない女優がオーディションを受ける円形の劇場につながり、オーディション会場で演じられた男女のつかみ合いは別の場所で展開する不倫セックスにつながり、剥製にされる5匹の子犬は新たに生まれる5人の赤ん坊につながる……といった具合。互いに離れた場所で同時進行する物語が、有機的に結びついているように見えるのは、こうした繋ぎ目の演出方法にも秘密があるのだろう。この監督は観客にショックやインパクトを与える映像感覚が、非常に優れているように思う。これらの映像やエピソードのリレーによって、繋ぎ目が強調されてエピソード同士の結束が強くなる。

 個々のエピソードはそれぞれの人生にとってきわめて深刻な瞬間を描いていて、中には「死」を描いた悲劇的エピソードもある。しかし観客を思わずクスクス笑わせるユーモアやギャグもあれば、日常空間から異世界へとスイッチを切り替えるファンタジックな演出も随所に挿入されて、最後の最後はハッピーエンド。子役からベテランまで俳優たちがじつに芸達者で、ひとつひとつの芝居は見応え十分だ。

(原題:Carnages)

2004年正月第2弾公開予定 ユーロスペース
配給・宣伝:ユーロスペース
(2002年|2時間12分|フランス、ベルギー、スペイン、スイス)
ホームページ:
http://www.eurospace.co.jp/

DVD:めざめ
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