さよなら、将軍

2003/11/07 ル・シネマ2
スペインを40年にわたって独裁支配したフランコも晩年はボケ老人。
政治風刺の毒がフランコと無縁の人には伝わらない。by K. Hattori


 スペイン内乱の勝利者として1936年に国家元首の座に就いたフランコ将軍は、75年に死去するまでのほぼ40年間、独裁者としてスペインを統治し続けた。この映画は将軍が病没するまでの2年間を描くコメディ映画。フランコ将軍の最後の2年、彼は重度の痴呆症になり、現実と空想、現在と過去の区別がまったくつかなくなっていたのだ!

 映画の中では俳優たちがフランコやその側近たちのモノマネをしているようだが、そもそも「フランコ時代」と聞いてもピンとこない僕などは、それのどこがどう面白いのかさっぱりわからない。ボケ老人を正常に見せるため、側近たちがあたふたと動き回る様子にはスラップスティックの面白さがあるが、この映画が持つ「政治パロディ」「風刺コメディ」という“毒”が、まったく伝わってこない。

 1943年生まれの監督のアルベルト・ボアデーリャは、この映画の時代に30歳。映画の中ではバーにたむろする若者たちがひそひそ声でフランコ批判をしているが、監督もまたそうした若者たちのひとりだったのかもしれない。映画の中では主要な役を演じている俳優たちがひとりで何役かをこなしている。これはおそらく、劇団ぐるみで出演している役者たちなのだろう。映画そのものも舞台劇のような雰囲気で、製作予算はそれほど多くかかっているとは思えない。これはフランコ時代の末期を知っているスペイン人を主たる観客に想定しつつ、フランコ時代を知らない若者たちに「昔この国ではこんなことがあったのだ」と教える映画ではないだろうか。

 パロディや風姿やモノマネ芸は、時としてオリジナルを知らなくても十分に面白いものだ。コロッケが演じるちあきなおみや美川憲一のモノマネは、本物を知らなくても面白い。チャップリンの『独裁者』は、「ヒトラー批判」という歴史的文脈を離れても名作であり続けるだろう。しかし『さよなら、将軍』は、そうした映画ではないと思う。あくまでも本物のフランコ将軍という存在があり、その意味を映画が読み替えていくところに面白さがあるのではないだろうか。

 フランコ政権末期に起きた政治的混乱を、国際関係や時代性といった文脈から解釈せず、「それはフランコがボケ老人だったからだ!」と一刀両断にしてしまう。フランコ時代を知っている人たちは、この映画を観て「なるほど、そういう解釈もあり得るなぁ」「あるいはこんなこともあったのかなぁ」と腑に落ちる。現実の歴史の中にある実際の出来事を、映画というフィクションを通して解体・再構築していくのがこの映画の狙いだと思う。

 この映画が面白くないのは、この映画の完成度が低いからではないと思う。これはそもそも、フランコ支配と何の縁もなかった人たちには伝わらない映画なのだ。ある国民にとっての共通体験が、他の国の人々にも伝わるとは限らない。日本の被爆体験や憲法九条も同じかもしれない。ご用心。

(原題:!Buen viaje, excelencia!)

第16回東京国際映画祭 コンペティション
配給:未定
(2003年|1時間40分|スペイン)
ホームページ:
http://www.tiff-jp.net/

DVD:さよなら、将軍
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