ションヤンの酒家〈みせ〉

2003/10/29 TCC試写室
『山の郵便配達』のフォ・ジェンチイ監督最新作は古都重慶が舞台。
夜の飲食街とそこにたたずむヒロインの美しさ。by K. Hattori


 『山の郵便配達』のフォ・ジェンチイ監督が、中国の古都・重慶を舞台に作った最新作。『山の郵便配達』は山岳部を舞台にごく限られた登場人物たちが織りなす家族のドラマだったが、『ションヤンの酒家』の舞台は大都会で、登場人物も多種多彩だ。主人公のションヤンは重慶の古い飲食街で鴨の首を売る露天の女主人。年の頃は30歳前後だろうか。結婚と離婚の経験があるが子供はいない。映画はションヤンの日常を通して、彼女と彼女を取り囲む人々の暮らしと、その中にある喜びや悲しみを切り取っていく。

 この映画を観ていると、暮らしの中で生じる悩みはどこも似たようなものだと思ってしまう。ションヤンにとって最大の悩みは「家族」のことだ。早くに独立した兄は気の強い嫁にまったく頭が上がらず、その兄嫁はションヤンのやることなすことにいちいち目くじらを立てる。母亡き後ションヤンが母代わりとなって育てた最愛の弟は、ミュージシャンになる夢が挫折したことから麻薬に走り、今は更生施設で無為の日々を送っている。再婚した父と兄妹たちの間には、今も深い溝がある。ションヤンの願いは弟が施設から出て、依然と同じように一緒に暮らすことと、子供の頃に家族で暮らしていた家を取り返すことだ。この映画で描かれている人間関係の濃密さと葛藤の激しさは、まるで橋田壽賀子のホームドラマだ。こういうことって、多かれ少なかれあるよなぁ……。

 物語は「ションヤンと家族」のエピソード群を、彼女が家を取り戻そうと奮闘する話と、店に毎晩のようにやってくる金持ちの常連客との恋愛話の周囲にちりばめている。この恋愛話のオチはそれほど面白くもないのだが、ヒロインがこの相手を通して自分が暮らしているのとは別の世界をかいま見るという意味では重要な意味がある。この恋愛のエピソードから、ションヤンが必ずしも好きこのんで屋台の経営者をしているわけではない事情が見えてくる。もちろん仕事に対する誇りはある。仕事が嫌いでもない。でも彼女は常連客との恋を通して、屋台の女主人ではない別の生き方が自分の前に開けてきたことを感じるのだ。

 ネオンや電球に照らされた夜の飲食街と、店先にたたずむションヤンの姿がじつに美しい。この風景とションヤンが美しく撮れているからこそ、家族内のどろどろした感情のもつれが薄汚く見えないのだ。ヒロインはこの美しい街の外で俗世の垢にまみれるが、そのたびごとにこの美しい風景の中に戻ってきて浄化される。兄や兄嫁がひどく嫌な人間に見えるのは、ションヤンを守るべき風景の中に、外部から来た人間が図々しく進入して我が物顔に振る舞うからだろう。ションヤンは腕ずくでも自分の場所を守る。すべてが終わった後、ションヤンはやはり自分の場所に戻って心を癒すのだ。だがそんな美しい風景も、間もなく消えてしまうという。ションヤンはどこに行くのだろうか……。

(原題:生活秀 Life Show)

2004年新春公開予定 シャンテシネ
配給:日本ヘラルド映画
宣伝・問い合わせ:電通テック・映画宣伝チーム
(2002年|1時間46分|中国)
ホームページ:
http://www.herald.co.jp/

DVD:ションヤンの酒家
関連DVD:フォ・ジェンチイ監督

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