美しい夏キリシマ

2003/09/24 松竹試写室
黒木和雄監督が自身の戦争体験をもとに作った映画。
1945年8月の日本を映画の中に再現している。by K. Hattori

 1945年5月。勤労動員で航空機工場で働いていた宮崎県立小林中学の生徒たちは、防空壕へ待避中にグラマンの奇襲を受けて生徒10名が死亡した。この空襲で九死に一生を得た生徒の中に、映画監督の黒木和雄がいる。彼はこの空襲に衝撃を受けて体調を崩し、そのまま休校して祖父母の家で終戦を迎えたという。映画『美しい夏キリシマ』は、そんな黒木監督の実体験から生まれた映画だ。物語はフィクションだが、主人公の少年・日高康夫の中には、当時中学3年生だった黒木監督の姿がそのまま反映されている。

 物語の舞台は終戦を目前に控えた宮崎県。この年の春には沖縄が米軍の前に陥落し、九州地方には連日のように米軍機が飛来するが、工場もなければ対空攻撃の設備もないこの地域を米軍は完全に無視し、上空を巨大な編隊を組んでゆっくりと飛行していくだけだ。霧島山を横切るように敵機が悠々と飛んでいく風景に、人々はもうすっかり慣れっこになっている。主人公の日高康夫は中学3年生。同級生たちは勤労動員で工場勤めだが、康夫は病気療養のため地主をしている祖父母の家にいる。勤労動員先で目の前の級友が敵機の爆撃で殺された康夫は、友人を見捨てて逃げたことが今でも心の負い目となっているのだ。そんな康夫を、元陸軍参謀だった祖父は意気地なしだと言うのだが……。

 試写の前に監督の挨拶があったのだが、それによるとこの映画の撮影ではなるべく1945年当時の風景を再現するよう心がけたのだという。戦後日本に入ってきた外来種の雑草を人海戦術で引き抜いた話からは、画面に登場する様々な小道具はもちろんのこと、画面に映らないものが時代性を感じさせることがわかる。この映画の中では大小様々な事件が起きる。しかし大きなストーリーがあるわけではなく、それらは1945年の夏に宮崎で起こりえた日常のエピソードとして語られているに過ぎない。この映画の中では、それらのエピソードひとつひとつにいちいち血が通っている。そのために、画面に映るものや映らないものに、じつに細やかな気配りがなされているのだ。

 主人公の暮らす祖父母宅のたたずまい。周囲の田園風景。そこで暮らしている人々の服装などなど。僕が感心したのは小作の娘が履いているチビた下駄、主人公の同級生が着ているぺらぺらの学生服、貧しい戦争未亡人宅に入り浸る兵隊がふんどしで汗をぬぐう仕草などの細々とした描写だ。こうした描写が、登場人物たちの生身の肉体に通じるリアリティを生み出している。

 映画の冒頭で主人公に灸を据えてい男が言うように、これは心と体がしっくりいっていない思春期の少年の物語だ。主人公のふわふわとした心を蝶が象徴しているのだろう。康夫を演じた柄本佑は俳優・柄本明の息子だそうだが、ぼんやりとした存在感(矛盾しているようだが事実なのだ)に大器の片鱗あり。小田エリカもよい。

12月6日公開予定 岩波ホール
配給:パンドラ
(2003年|1時間58分|日本)
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参考書籍:映画作家 黒木和雄の全貌

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