ここに、幸あり

2003/07/03 シネカノン試写室
売れない役者が九州の小さな離島で見たものとは……。
登場人物の出し入れがヘンだけど、それがまたイイ。by K. Hattori

 『いつものように』のけんもち聡監督が、福岡県の小さな島・姫島で撮った小さな映画。小さな映画ではあるけれど、これはなかなか懐が深い。観ていると気持ちがゆったりとしてくる。観終わった後は、心地よい後味が残る。最近こんなにキモチイイ映画はなかったようにも思う。僕はこの監督の前作『いつものように』をあまり面白いと思わなかったのだが、今回の映画はとてもイイ映画だと思った。(『いつものように』は続編の「大分篇」の方が面白いのだと友人に聞いたが、それは未見なのであります……。)

 売れない役者としてダラダラ年ばかりとっている加藤幸は、俳優を目指して勉強したいという地方の浪人生のために、マンツーマンのコーチを勤めることになる。たどり着いたのは玄界灘に浮かぶ小さな島・姫島。依頼人の吉田邦は、母親が死んだ後ひとりで民宿を切り盛りする青年だが、おとなしい性格で口数も少ない。早速コーチをしてみると、声は出ない、身体は動かない、しかも真剣にやろうという気迫も見えない。幸は邦の様子を見てイライラしてしまう。「お前はそんなことで試験に受かると思っているのか! 他の奴らに勝てるのか!」と叫ぶ幸に、邦は初めてきっぱりと反発の意思を示すのだが……。

 映画の冒頭には幸がいる東京(だと思う)の様子が少し出てくるのだが、あとはほとんどが姫島の風景になってしまう。幸は交通費を浮かすために原付バイクで島に向かうのだが、その移動過程はばっさり省略されて映画には描かれない。それなのに、この映画にはロードムービーのニオイがする。姫島というちっぽけな島の中だけで、次々にいろいろな風景が見えてきて、それが「旅」を感じさせるのかもしれない。

 この映画には何とも言えない不思議な味わいがる。その多くは姫島というロケーションが生み出したものだと思うが、それ以外にも、脚本の構成上、奇妙としか言いようのないことが幾つかある。最大の奇妙さの中でも最大の存在は、やはり東京(だと思う)から雑誌の水着撮影のために島を訪れているモデルとカメラマンだろう。このふたりは幸と邦というふたりの主人公とかなり接近していながら、最後までついに接点を持たぬまま映画から退場してしまう。カメラマンなどご丁寧なことに、退場する際に姿さえ見せず声だけで退場を宣言するありさまだ。モデルの退場も似たようなもので、「私帰ります」でもうおしまい。普通なら物語にもっと深く絡んできそうな人間を、あえて物語の外部に置くことで、映画は幸と邦の関係に焦点を絞っていく。

 突然始まる草相撲や四股踏み、発声練習、一筆箋、「一堂平和」の木札など、クスクス笑えるポイントが多い。邦が俳優学校の試験に合格するかなどどうでもよくなって、いつしか映画を観ている側まで姫島の風景に引き込まれてしまう。何もないことの中にある豊かさを、しみじみと感じさせてくれる癒しの映画なのだ。

(英題:Be in Happiness)

夏公開予定 シネ・アミューズ
配給:「ここに、幸あり」製作委員会、リリック・ピクチャーズ
配給協力・宣伝:グアパ・グアポ
(2003年|1時間26分|日本)
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DVD:ここに、幸あり
関連DVD:けんもち聡監督

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