イザベル・アジャーニの惑い
(映画祭題:アドルフ)

2003/06/12 東京日仏学院エスパスイマージュ
愛の残酷さと不毛を描いたコンスタンの同名小説を映画化。
イザベル・アジャーニの演技は素晴らしい。by K. Hattori

 フランスの作家バンジャマン・コンスタンが1816年に発表した自伝的心理小説「アドルフ」を、『シングル・ガール』や『トスカ』のブノワ・ジャコ監督が映画化した作品。主人公のアドルフに扮するのはスタニスラス・メラール。恋人のエレノール役はイザベル・アジャーニだ。19世紀初頭のフランスとポーランドを舞台に、愛の残酷さと不毛を淡々と綴る、重くて暗い悲恋ドラマになっている。

 名門貴族の家に生まれた青年アドルフは、持て余した退屈さと倦怠感を解消するかのように、パーティーで出会った年上の女性エレノールを口説き始める。彼女は既に別の男性の愛人として2人の子供のいる身であり、年下のアドルフが示す好意を初めは軽くあしらっている。だが拒絶されれば拒絶されるほど、アドルフはこの恋愛遊戯に夢中になる。そしてついに、彼女を我が物にすることに成功するのだ。ひとつの目的を達したことでアドルフの気持ちは急速に冷めていくが、今度はエレノールがアドルフとの新しい恋に夢中になってしまう。アドルフは彼女を疎ましく思うようになるが、愛人との生活を捨て、子供も捨ててアドルフとの恋一途に生きようとする彼女を、そうそう邪険に扱うこともできないままずるずると関係が続いていく……。

 特別好きでもない女性を何気なく口説いているうちに、「口説き落とす」こと自体が目的化して、そこに没入してしまう経験を持っている男性は多いのではないだろうか。何としても相手の気を引きたい。何としても相手に自分を認めさせたい。せっせと通って優しい言葉で愛を語り、ふたりの未来について語っているうちに、その熱の入りっぷりは少しずつ「本物の恋愛」めいてくる。この本物めいた恋愛遊戯が、どこかで化けて本当の恋愛になることもあるだろうが、アドルフのそれはついに本物になり得なかった。

 だがこの映画は(原作がそうなのかもしれないが)、口説かれたエレノールの恋もはたして本物なのかと問うているように思う。エレノールは「妻」や「愛人」や「母」という地位に自分を押し込み、30歳という女ざかりの肉体と精神をがんじがらめに縛り付けながら日々を送っていたに違いない。アドルフはそんな日常の中で、彼女を「女」として解放させてくれた。彼女はアドルフとの関係に夢中になるが、それは彼女自身が「女」として目覚めたことの言い訳に、彼との「愛」にすがりつきたかったのではないだろうか。イザベル・アジャーニの三白眼ぽい鋭い視線からは、「男に翻弄されて運命を狂わされた弱い女」というキャラクターが見えてこない。むしろエレノールは、目の前に現れたアドルフにこれ幸いと飛びついたのかもしれない。

 偽りの愛によって自縄自縛に陥り、あまりにも多くのものを犠牲にするアドルフとエレノール。だが世の中にいったいどれくらい「本物の愛」があるというのか。アドルフとエレノールは我々自身なのだ。

(原題:ADOLPHE)

6月22日上映予定 第11回フランス映画祭横浜2003
(シネスイッチ銀座で公開予定)
配給:ザナドゥー
(2002年|1時間42分|フランス)
ホームページ:
http://www.unifrance.org/

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DVD:イザベル・アジャーニの惑い
原作:アドルフ(バンジャマン・コンスタン)
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