クジラの島の少女

2003/05/26 日本ヘラルド映画試写室
ニュージーランドの先住民マオリ族の伝統を受け継ごうとする少女。
浜に打ち上げられたクジラと共に神話が蘇る。by K. Hattori

 ニュージーランド北島の東端に近い小さな村。そこで暮らすマオリ族は、伝説の地ハワイキからクジラに乗ってこの地にやってきたという勇者パイケアの子孫たちだ。だがそんな伝説を持つこの村から、昔ながらの伝統的な共同体が滅びようとしている。子供たちは部族の伝統を学ぼうとせず、若者や大人たちは村から去って都会や海外で暮らす道を選ぶのだ。村に残るのは伝統消滅に危機感を抱く老人たちと、伝統を小ばかにした子供たちばかりだ……。

 村のリーダーであるコロは、息子のポロランギが自分の跡を継いで村をまとめてくれると考えていたが、双子の孫を生んだ息子の嫁が子供のひとりと一緒に亡くなったショックで、息子は村を立ち去ってしまう。あとには伝説の勇者パイケアと同じ名を持つ女の赤ん坊だけが残された。それから10年程がたつ。息子ポロランギが村に戻る気がないことを知ったコロは、村の子供たちの中から次世代のリーダーを選ぼうとする。だが女は部族のリーダーになれないのがしきたりだ。部族の神話や村の伝統が大好きなパイケアは、祖父コロが主催するリーダー養成学校には入れてもらえない。

 ニューヨーク在住のマオリ人作家ウィティ・イヒマエラの原作を、ニュージーランドの女性監督ニキ・カーロが映画化。伝統的な男系社会から疎外された少女が、自らの力で部族のリーダーになっていくという物語を女性監督が撮るわけで、いささか映画全体にフェミニズムの匂いが漂うことは避けられない。しかし「伝統の断絶」というテーマ自体はおそらくどの国のどんな地域にもあり得るものだと思うし、一度途切れかけた伝統を、伝統社会からはまったく期待されていない何者かが引き継いでいくという物語には普遍性があるようにも思う。

 映画の最後には部族のメンバーが全員揃って大きな船を海に浮かべるのだが、こうした「祭り」に一度は地域を離れた人たちが再び集まってくるのは、僕が暮らしている東京のど真ん中などでもまったく同じだ。毎回夏祭りのシーズンには、全国のあちこちに引っ越していった人たちも戻ってきて、一緒に祭に参加して大いに盛り上がる。だがこうした祭は、離れていた人たちだけでは維持できない。その地域に根を下ろして暮らしている人たちがリーダーや世話役として働くことで、他地域に散っている人々を集めて束ねられるのだ。そうした意味で、この映画に登場する地域社会の問題は、遠いニュージーランドの物語ではなく、我々の日常の中にもあるものだと思う。伝統的な神事や土着の信仰心が持つエネルギーを、我々はこうした祭りを通して今も吸収することができる。

 浜辺に座礁したクジラを、村人たちが必死に海に返そうとするシーンが印象的。村人たちはこの事件を、クジラからのメッセージとして受け取る。クジラに乗って島にやってきた英雄の子孫は、クジラの座礁という事件によって伝統を再スタートさせるのだ。

(原題:Whale Rider)

秋公開予定 恵比寿ガーデンシネマ
配給:日本ヘラルド映画
宣伝:日本ヘラルド映画、アートハウス・チーム、クレストインターナショナル
(2003年|1時間42分|ニュージーランド)
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DVD:クジラの島の少女
サントラCD:Whale Rider
原作:クジラの島の少女
原作洋書:The Whale Rider
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