蛇イチゴ

2003/02/18 映画美学校第1試写室
祖父が死に家が破産した夜、家に詐欺師の兄が帰ってくる。
つみきみほと宮迫博之主演のホームドラマ。by K. Hattori

 小学校教師をしている倫子の家は、会社勤めの父と専業主婦の母、それに痴呆症の祖父の4人暮らし。倫子は同僚の教師と結婚を前提に交際している。とりたてて幸福というわけでもないが、とりたてて不幸というわけでもない、どこにでもあるような普通の家だ。だがじつは父はもうずいぶん前に会社をリストラ退社しており、あちこちから借金しては今も会社勤めをしているように振る舞っている。祖父が亡くなり葬儀が行なわれた日、倫子は長く行方不明だった兄と再会する。だがその直後、父のもとを訪れた金融業者によって、父の秘密はすべて周囲にバラされてしまった。兄の機転でその場は切り抜けたものの、家には他の金融業者も押し掛けてきて……。

 『ワンダフルライフ』の是枝裕和監督がプロデュースした、西川美和監督のデビュー作。脚本も西川監督本人が書いている。主演はつみきみほと、「雨上がり決死隊」の宮迫博之。父親役に平泉成、母親役に大谷直子、祖父役には笑福亭松之助という配役。主演のふたりもなかなか上手いのだが、平泉成と大谷直子の上手さには本当に唸らされてしまった。家の中で良き妻・良き母であり続けてきた母が、ある日突然プツンと切れてしまう瞬間の恐ろしさ。頑固で見栄っ張りで体面ばかり気にしている父が、家の中と外で見せる二面性。

 とにかく脚本がよくできている。物語がどうこうと言う前に、登場人物がみんな生き生きしているし、台詞も生々しくてリアルだ。これは脚本を書いた西川監督の、日頃の人間観察の鋭さだろうか。ある事件をきっかけに、それまで快適で広々として見えた家が、急に窮屈で矮小なものに見えてしまうことがある。自分にとっていつだって特別な人であった父や母が、弱くて愚かなただのオジサンとオバサンであったことに気づかされてしまうことがある。誰もがある年齢に達すればたどり着くそんな残酷な瞬間を、この映画は見事に描いているのだ。

 人間関係はある程度の虚構と思いこみの上に成り立っている。宮迫博之が演じている周治は、そんな思いこみを逆手にとって商売をしているようなものだ。故人の知り合いに成りすましての香典詐欺。弁護士に成りすましての金融業者撃退。彼は家の中でも、良き息子や良き兄を演じているのか? 家の中で威厳のある存在であり続けたかった父。いつも理想的な主婦を演じ続けた母。人はどんな親しい人の前でも、一定の役柄を演じながら生きている。

 倫子が最後の最後まで飛び越えることのできなかった川が、彼女と兄の関係性を象徴している。川の向こうには何かしらの真実があるのだ。だが彼女はそれに背を向ける。明け方の青い光の中で、周治の表情が笑顔のまま立ち去る妹を見送る。そして彼は……。悲しくて、ちょっと温かいラストシーンだ。これもまた、一種のハッピーエンドであろうか。

2003年初夏公開予定 シネアミューズ
配給・宣伝:ザナドゥー
(2002年|1時間48分|日本)
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http://www.kore-eda.com/misc/hebiichigo.htm

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