ブロークン・ウィング

2002/10/31 ル・シネマ1(マスコミ試写)
父を失った家庭を舞台に母と娘の葛藤と家族の再生を描く。
東京国際映画祭グランプリ受賞のイスラエル映画。by K. Hattori

 イスラエルの映画監督ニル・ベルグマンの長編デビュー作。父親を失った家族が一度はバラバラになりかけなあら、最後には再び家族としての絆を取り戻すまでを描いている。物語の舞台になるのは、父親が亡くなり、病院で助産婦をしている母親ダフナが一家の大黒柱にならざるを得なくなっているウルマン家。家の中には高校生の長女マヤ、同じく高校生の長男ヤイル、小学生の次男イドー、幼稚園児の次女という4人の子供たちがいる。母親のダフナは夜勤と日勤の不規則な生活。子供の世話や家事などは、どうしてもマヤに押しつけられる。父親の死後、ヤイルとイドーは学校に行かなくなってしまった。

 物語の序盤から、ウルマン家では家族が互いに家庭生活から逃避したがっていることがわかる。母親のダフナは仕事が忙しい。マヤはアマチュアバンドの活動が忙しい。ヤイルは学校を停学中で今はアルバイトをする毎日。イドーも学校をさぼって、自分が飛び降りる姿をビデオに撮ることに取りつかれている。そんな中で、幼い次女だけがポツリと取り残される。誰も家族が嫌いではない。でも家庭の中は居心地が悪いのだ。父親が死んだことで、家の中にはぽっかりと大きな空洞ができてしまった。家にいるとその空洞に吸い込まれそうになる。それを避けるように、家族は家から遠ざかる。家の中で父の死について語られることはほとんどない。まだ父が死んで9ヶ月しかたっていないのに……。

 ドラマの中心は母ダフナと娘マヤの対立と葛藤に置かれている。父親のいない家庭で母親と娘が向き合うことで、ただでさえ濃厚そうな母娘の関係がフツフツと泡立ち、少しずつ煮詰まっていく。互いに反発を感じながらも、母親は娘を頼りにするしかなく、娘も母親を助けようとするという関係が、映画導入部にあるポンコツ車を押す場面から伝わってくるのがいい。この車は映画の要所要所で独特の存在感を見せつける。最近では一番印象に残る映画の小道具だ。

 イスラエルという国から我々は何かしら政治的な意味合いを感じて身構えてしまうのだが、彼の国にも当たり前のように庶民の暮らしがあり、家族のドラマがある。そんな当たり前のことが、なぜか新鮮に感じられる映画だ。劇中ではウルマン家の父親の死亡原因が終盤まで伏せられているのだが、それがじつに他愛のない事故によるものだったという設定には、監督のイスラエル映画全般に対する抗議の声が込められているのだという。イスラエルの映画では誰かが死ぬ時、テロで犠牲になるか、パレスチナとの紛争地帯で命を落とすという話が多いのだそうだ。パレスチナとの戦いを最優先にし、そこで命を落とす人々を英雄化するイスラエル映画の姿勢に疑問を感じ、ベルクマン監督はあえてこの映画のような「死」を描いたのだという。

 本作は今年の東京国際映画祭で、最高賞の東京グランプリを受賞している。

(原題:Knafaim Shburot/英題:Broken Wings)

第15回東京国際映画祭・コンペ部門
2003年夏公開予定 シャンテシネ 邦題『藍色夏恋』
配給:ムービーアイ、トライエム
(2002年|1時間24分|台湾)
ホームページ:http://www.tiff-jp.net/

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