月のひつじ

2002/09/04 シネスイッチ銀座
アポロ11号の月着陸を生中継したオーストラリア人たちの実話。
ほのぼのとして暖かいヒューマンコメディ。by K. Hattori

 すべてはケネディの演説から始まった。1961年にアメリカ大統領に就任したジョン・F・ケネディは、5月の演説で「アメリカは60年代の終りまでに人間を月に送る」と宣言。この言葉によってアポロ計画はアメリカの威信をかけた政治上の最優先課題となり、60年代の終りというタイムリミットを厳守するため、予算上限のない巨費が投じられたという。この前代未聞の大プロジェクトのクライマックスが、いよいよ'69年7月20日にやってくる。世界中がテレビの前に釘付けになる中、アポロ11号のアームストロング船長は月面に人類として最初の一歩を踏み出した。当時3歳の誕生日直前だった僕にこの時の鮮明な記憶などあるはずがないが、家の中の一種異様な興奮と、小さな白黒テレビの中にぼんやりと映し出された人影が動いていたのは覚えている。ところでこの月からの映像だが、じつはアメリカではなくオーストラリアの強大なパラボラアンテナで受信し、世界中に配信されていたものなのだという。そんな意外な実話をテーマにしたのが、このオーストラリア映画だ。

 物語の舞台はオーストラリア南東部ニュー・サウス・ウェールズ州にある、パークスという小さな小さな田舎町。そこには小さな町に似合わず、南半球で一番大きい直径63メートル、重さ1,000トンの巨大な電波望遠鏡がある。NASAはアポロ11号発射を前に、この望遠鏡に月面からの生中継をバックアップするよう依頼。最初は予備施設としての依頼だったが、様々な事情から、当日はこの巨大アンテナが月からの中継を一手に引き受けることになる。

 天文台の所長クリフ・バクストンを演じるのはサム・ニール。この話から全身に力こぶができ、手に汗握るガチゴチのヒューマンドラマを作ることもできるだろうが、この映画の作り手が狙ったのは、肩の凝らないヒューマンコメディだった。一世一代の巨大プロジェクトを前にして、ぎくしゃくする天文台内部の人間関係。純朴で引っ込み思案な若い天文台職員の恋。町の名誉に浮かれ立つ町民たちの姿。気さくでユーモアタップリのアメリカ大使。この映画はアポロ11号の歴史的快挙を描きながら、それをパークスという小さな町の視点からだけ描いている。パークスは月からの電波を中継したという意味では特別な町だが、彼らは計画の傍観者でしかないという意味で、人類初の月面着陸を注視していた世界中の他の人々と何ら変わらない経験を共有している。パークスという小さな町の中に、アポロ計画に関わった数多くの技術者たちの姿と、アポロ計画を見つめる世界中の人々の双方が凝縮するのだ。

 この映画の魅力は全体の軽さだろう。軽いのだが決して浮ついているわけではない。悪ふざけや調子に乗った描写は皆無で、映画全体に一点の濁りも曇りもない。きれいに蒸留したスピリッツのようにまろやかで口当たりがよく、しかも気持ちよく酔える映画なのだ。

(原題:THE DISH)

2002年7月20日公開 シネスイッチ銀座
配給:日本ヘラルド映画
(2000年|1時間42分|オーストラリア)

ホームページ:http://www.herald.co.jp/movies/dish/

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関連ソフト:フォト・サンプラーVol.9<アポロ計画>

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