酔っぱらった馬の時間

2002/07/25 シネカノン試写室
クルド人監督がクルド語で作ったほとんど初めてのイラン映画。
主人公の少年の悲鳴と泣き顔が強烈な印象を残す。by K. Hattori

 「クルド人」という名前はニュースでよく聞くが、その実体はよく知らなかった。愛用の百科事典によれば、イラン・イラク・トルコの3国にまたがって暮らす民族で、その人口は推定で500万〜2500万というからかなりの大所帯だが、それぞれが属している国の中では常に少数派。「国家を持たない世界最大の少数民族」と言われているそうだ。民族独立の意識は高いものの、民族が国境で分断されているため全体で大きな民族運動を起こす力が備わらず、その時々の国家指導者たちにいいようにあしらわれている。イラン・イラク戦争では双方が相手国のクルド人を挑発して反政府運動を起こさせ、同時に自国内のクルド人は徹底して弾圧し、時には虐殺するということも行なわれていたらしい。湾岸戦争の時もアメリカがイラク国内のクルド人を支援したそうだ。

 この映画はそんなクルド人たちの生活を、イラン出身のクルド人の監督が、クルド語で映画化したほぼ初めてのイラン映画だという。「ほぼ初めて」というヘンテコな言い方を聞いたが、これがクルド語のイラン映画として本当に初めてか否かという問題は映画の価値とはあまり関係がないので、この点についてはあまり突っ込んで追求する必要もないだろう。監督はこれがデビュー作のバフマン・ゴバディ。本作でカンヌ映画祭のカメラドール賞を受賞している。

 物語の舞台はイラクとの国境に近いクルド人の村。そこでは村人の多くが国境を越えて物品をやり取りする「密輸」で生計を立てている。だがその仕事は大きな危険と隣り合わせだ。国境には警備兵もいれば地雷原もある。この映画の主人公アヨブの一家は、この危険な仕事で父親を亡くす。残された5人の姉弟たちは、それでも自分たちの力で生きて行かねばならない。病気の長男マディに手術を受けさせるため、次男のアヨブは父に代わって密輸の仕事に加わるようになる。姉弟の中で一番年長の長女ロジーンは、アヨブが仕事に出ている間に、叔父の仲介で遠く離れた村の男との結婚を決めてしまう。嫁ぎ先の家が、マディの手術費用を賄ってくれると聞いたからだ。だがマディを連れて先方に行ってみれば、親族たちが寄ってたかってマディを追い出してしまう。約束は反故にされた。アヨブと叔父は手切れ金のように渡された1頭のロバを連れて、とぼとぼともときた道を帰っていく。かくなる上は、このロバを売ってマディの手術費用を稼ぐしかない。だがそれはとても危険なことだった……。

 映画のタイトルは、運び屋たちが荷役用のロバに酒を飲ませて寒さをしのぐところから取られている。警備兵の待ち伏せに気づいていざ逃げようとした時、アヨブの連れていたロバはべろべろに酔っていて立ち上がれなくなってしまう。ロバをあきらめて逃げれば、兄の手術費を稼ぐことは永久にできなくなってしまう。泣きながら助けを求める少年の悲痛な声が耳について離れない。

(英題:A Time For Drunken Horses)

2002年9月公開予定 ユーロスペース
配給:オフィスサンマルサン 宣伝・問い合せ:ムヴィオラ
(2000年|1時間20分|イラン)

ホームページ:http://www.eurospace.co.jp/

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