ピカレスク
人間失格

2002/06/05 シネカノン試写室
人間・太宰治の後半生を河村隆一が演じる。監督は伊藤秀裕。
ちょっと軽薄な太宰のキャラクターが出色。by K. Hattori

 猪瀬直樹の「ピカレスク〜太宰治伝」を、人気シンガー河村隆一主演で伊藤秀裕監督が映画化。2時間13分というボリュームで、太宰治の人間性に迫っていく力作だ。これは作家の半生を綴った作品ではあるが、作家の伝記映画ではない。映画の中では太宰の生涯の中で特に取り上げておかなければならない作品が少しずつ紹介されるが、その内容や文学的価値には一切踏み込んでいかないのだ。物語の中心になるのは、太宰治が繰り返す自殺未遂と心中未遂の数々、そしてとうとう太宰本人の死を招いた玉川上水での心中事件だ。映画は自殺未遂と心中事件と麻薬中毒と愛人騒動が繰り返される太宰治の後半生を、彼の生涯に少しずつ寄り添うことになった女性たちの語りを通して浮き彫りにしていく。

 河村隆一の役者としての資質がどの程度のものか僕にはよくわからないのだが、この映画の太宰治ははまり役だったように思う。ここに登場する太宰を一言で言うなら、「少し軽薄な男」なのだ。自分自身の才能に自ら酔い、自分自身の選んだ芝居っけたっぷりの放蕩無頼な生活に耽溺している、地に足が着いていない根無し草のような男。そういう男でなければ、性懲りもなく何度も自殺未遂や心中未遂(そのうち一度は相手の女性だけが死んで自分だけが生き残っている)などできないだろう。とにかくこの太宰治、激しく激高したかと思うと次の瞬間にはスーッと気持ちが落ち込んで、「死んじゃおうかなぁ」「誰か僕と一緒に死んでくれないかしら」とつぶやきそうな男なのです。人間は何かことあるごとに「○○できなければ僕は死ぬ」「××になったら私は死んでしまう」などと口走る。でもこうした言葉を、そのまま文字通りに受け取る人は誰もいない。「死ぬ」「死んじゃう」は単なる修辞であって、実際に死ぬ人などいないからだ。ところが太宰治は「死ぬぞ」と言うと本当に自殺してみせる。これが本気なのかポーズなのか、おそらく本人にもわからないのだろう。彼にとって自殺はもっとも身近な現実逃避の手段。彼は「死」のぎりぎりまで自分を追い込んでいくのが好きなのだし、その目撃者もしくは保証人として、女性を道連れにすることを好んでいるようにも見える。

 さとう珠緒、緒川たまき、朱門みず穂、裕木奈江、とよた真帆などが太宰周辺の女性たちを演じているが、それぞれタイプのまったく違う個性的な人間像に仕上げているのには感心する。特に最初の妻を演じたさとう珠緒、2番目の妻を演じた裕木奈江の存在感は大きく、最後の心中相手となるとよた真帆に至っては、思わずゾクリとするような芝居を見せる。

 太宰治の心中は自殺ではなく相手の女性に殺されたものだという説は、太宰の死の直後から文壇の定説になっていたらしい。今は互いに覚悟の上での心中ということになっているようだが、この映画はその「心中の真相」にもう一度別の角度から光を当てようとしている。ミステリー映画としても面白い作品になっています。

2002年7月公開予定 シネマスクエアとうきゅう
配給:
ジーピー・ミュージアム、ドラゴン・フィルム
宣伝:ドラゴン・フィルム
(2002年|2時間13分|日本)

ホームページ:http://www.picaresque.jp/

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サントラCD:人間失格(河村隆一)
原作:ピカレスク〜太宰治伝(猪瀬直樹)
関連書籍:太宰治

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