KT

2002/02/05 よみうりホール(完成披露試写)
1973年に発生した「金大中事件」の闇に迫る阪本順治監督作。
映画を観た後、ザラリとした後味が残る問題作。by K. Hattori

 1973年8月8日の白昼、都内のホテルで韓国の野党指導者・金大中が何者かに拉致され、姿を消すという事件が起きた。金大中は現在の韓国大統領だが、当時は朴正煕大統領の地位を脅かす政敵として知られ、戒厳令下の祖国に戻ることができないまま日米を往復する事実上の海外亡命生活を送っていた。拉致から5日後の8月13日夜、金大中はソウルの自宅前に目隠しをされたまま突然現れる。この事件によって主権を侵害された日本は、韓国に厳重抗議して国際問題に発展。拉致現場から駐日韓国大使館一等書記官・金東雲の指紋が発見されたことから、事件に対する韓国政府の国家関与は疑う余地がなくなったかに見えたのだが、結局は日韓双方が政治的に妥協して「金東雲の個人的犯行」ということで真相はうやむやになってしまう。金東雲はその後公務員資格を剥奪されるが、拉致事件そのものについては証拠不十分で不起訴処分になったという。これが今も謎に包まれた「金大中拉致事件」の概略だ。

 映画『KT』はこの事件を拉致犯人側から描く、日本映画には珍しい本格派のポリティカル・サスペンスだ。監督は阪本順治。中薗英助の小説「拉致」を原作に、骨太の脚本を書き上げたのは荒井晴彦。音楽監督は『新・仁義なき戦い』に引き続いて布袋寅泰が担当している。実際の拉致事件で犯行グループの主犯として名指しされた金東雲も金車雲という名で登場するが、この映画の主役は日本人でありながらひとりだけ犯行グループに加わることになる富田満州男という日本人自衛官。演じているのは佐藤浩市だ。

 映画は朴正煕大統領による金大中暗殺指令と、交通事故を装った暗殺未遂事件で幕を開ける。日本国内における北朝鮮工作員の逮捕など、KCIA(韓国中央情報部)と自衛隊情報部の秘密活動を映画序盤のエピソードに配置しつつ、物語はいよいよ金大中拉致へと動いていく。だがこの映画は、拉致が成功するか、暗殺から要人をいかにして守ったかというサスペンスが主体の映画ではない。金大中は拉致されたものの暗殺は免れ、事件発生から5日後には解放されている。その後紆余曲折はあったものの、今では韓国大統領だ。映画は大がかりな仮説、あるいはフィクションをからめながら、国際的な謀略事件の中で、その一身に「国家」というものを背負わざるを得なかった男たちの悲劇をあぶり出していく。

 暗殺計画の陣頭指揮を執る金車雲は、時の韓国大統領の意思を代行する人物だ。彼個人の背後には、朴正煕という強大な権力者がいる。一方の富田満州男も、その背中に「あるべき日本の未来」を背負おうとする。だがふたりが背負った祖国の未来は、アメリカの政治介入と日韓の政治的妥協という決着によって、その背から滑り落ちる。政治家(必ずしも職業的な政治家を意味しない。自衛隊の幹部なども含める)の意向に翻弄され、行き場を失う男たちが最後に輝いていたのが、じつは「金大中拉致事件」だったという皮肉。政治の非情を描いたラストは衝撃的。金車雲はその後どうなっただろうか?

2002年5月公開予定 シネマスクエアとうきゅう
配給:シネカノン

(上映時間:2時間18分)

ホームページ:http://www.kt-movie.com/

Amazon.co.jp アソシエイト原作:「拉致」(中薗英助)
資料:金大中と金大中事件
資料:阪本順治監督の関連作品等

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