ムッシュ・カステラの恋

2001/09/26 メディアボックス試写室
俗臭ぷんぷんのカステラ氏が中年の舞台女優に恋をした。
アニエス・ジャウイの映画監督デビュー作。by K. Hattori

 人生は映画ほど簡単ではない。現実の人間は誰にもわかる明確な人物像の輪郭を持っていないことが多いし、その行動や心の動きもわかりやすい因果関係だけで説明できるものではない。起承転結のすっきりした筋立てはなく、複線のないまま突然事件が起きるかと思えば、無駄なエピソードが多くて本筋が少しも前に進んでいかないことがある。すべては曖昧そのもの。しかしその曖昧さの中から、人は何かしら「間違いのない真実」を読みとろうと四苦八苦している。

 映画『ムッシュ・カステラの恋』の面白さは、この映画が「人生の曖昧さ」そのものをテーマのひとつにしているからだと思う。ハリウッド映画の明快さに比べると、この映画に登場する人物たちは言動の根拠がいつも曖昧なのだ。例えば主人公のカステラ氏は、なぜ英語教師が女優だと知った瞬間彼女に恋をしてしまったのか。彼は本当に絵が好きだったのか、それとも何らかの気持ちの負い目を帳消しにするために絵の購入を考えたのか。英語教師のクララは、なぜカステラ氏を毛嫌いするのか。運転手のブリュノは、親しくなったマニーをボディガードのフランクに横取りされて何とも思わないのか。ヴァレリーはフランクとの関係を、どのくらい真剣に考えているのか。たぶんハリウッド映画なら、こうした問いに対してすべて明確な答えを提供してくれるだろう。例えばカステラ氏は子供の頃から絵を描くのが好きだったが家業を継ぐために画家への夢を捨てたとか、クララは芸術家であることを誇りにして実業の世界を軽蔑しているとか。でもこの映画はそんなサービスをしない。人間の行動や心理を、簡単に割り切ってしまわない。曖昧な部分をたっぷりと残しながら、その曖昧さの中にある人間の不思議さや面白さを味わせてくれる。

 この映画の中で一番スリリングのひとつは、ヴァレリーとフランクが結婚について話す場面だ。「この仕事が終わったら結婚しよう」「まぁ本当。嬉しい」「いや冗談だ」「わたしも冗談で答えたのよ」「ところで新婚旅行はどこに行こうか」。嘘なのか本当なのか、冗談なのか本気なのかわからない会話のやりとり。これは少々極端な例だが、同じような曖昧さと真意の取りにくさこそがこの映画の魅力。曖昧でわかりにくい事柄の向こうに、何かしらの真実が顔を出したりひっこめたり……。

 アニエス・ジャウイとジャン=ピエール・バクリが共同で脚本を書き、ジャウイが初監督したヒューマン・コメディ。主人公カステラ氏をバクリが演じ、カフェのウェイトレスをしているマニーをジャウイが演じている。本年度のセザール賞で、作品賞・脚本賞・助演女優賞(クララ役のアンヌ・マルヴァロ)・助演男優賞(フランク役のジェラール・ランヴァン)を受賞するなど評価の高い作品。この映画、確かに曖昧な人間を描いてはいるけれど、映画そのものはちっとも曖昧じゃない。それはこの映画が、曖昧さの中から人間の「真実」を見事にすくい上げているからだと思います。

(原題:LE GOUT DES AUTRES)

2001年11月下旬公開予定 銀座テアトルシネマ
配給:セテラ

(上映時間:1時間52分)

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