2001/05/16 GAGA試写室
醜い怪魚が語るこの世でもっとも美しい物語。
語り口が見事な異色のラブストーリー。 by K. Hattori


 穴蔵のような薄暗い調理場で、まな板の上に乗せられて苦しげにあえぐ醜く巨大な魚が1匹。大男が包丁を砥石にかけ、間もなくこの怪魚の命も一刀両断にされてしまうであろうというその時、血まみれのこの魚がひとつの奇妙な物語を話し始める……。

 物語の主人公は25歳のブティック経営者ビビアン・シャンパーニュ。子供の中絶や経営している会社の経営不振などで鬱々とした日々を過ごしている彼女は、ある晩酔って車を運転中、不注意から通行人はねてしまう。パニックを起こして慌てて現場を立ち去るビビアン。すべてが意識朦朧とした中で起きた出来事。あれははたして現実だったのか? 翌日現場に戻ってみても、そこには事故の痕跡が何一つ残っていない。前夜の激しい雨が、すべてを洗い流してしまった。それにしても死体すらなく、事件が新聞にも載っていないのはなぜ? 事故が彼女の夢や妄想ではないことは、車に残された傷や毛髪などによっても明らかだったのだが……。

 不慮の事故によって良心の呵責に苦しむヒロイン。やがて明らかになる事故の真相。目の前に現れた被害者の息子。彼女はどうやって自分の罪を償えばいいのか。ヒロインのビビアン中心に物語を整理してしまうと、これは何の変哲もないメロドラマになってしまう。しかしそれを「魚が語る物語」にしたことで、この単純なメロドラマには寓話かおとぎ話風の味付けがされる。寓話やおとぎ話というのは、得てして単純な物語であることが多いものです。この映画が面白い理由の半分は、この魚の登場によるものだと思う。次に面白く感じたのは、映画の中の色遣い。魚が語る場面は薄暗くジメジメとした場面として描き、基調となる色は闇の黒と血の赤。一方でビビアンがらみの場面は明るく澄んだ寒色の青と白のトーンで統一され、黄色やオレンジ色などの暖色系は排除されている。しかしここに、中絶手術のシーンで見える血や肉塊、車に踏みつぶされる魚、事故に遭った男の後頭部にパックリと開いた傷口など、所々で赤い色を配して観客をドキリとさせる仕掛けだ。

 映画冒頭に登場する怪魚、しばしば画面に挿入される水しぶきのイメージ、シャワー、道路に散乱する魚、中華風のシーフードレストラン、埠頭から海中への転落、ダム湖へのダイビング、土砂降りの雨、そして『渦』というタイトルなど、「水」にまつわるものが何度も登場するのも作り手の狙いだろう。「水」「魚」「青」などによって、この映画のイメージが決まる。

 監督脚本はデニ・ビルヌーブというカナダ人。これが長編第2作目という新鋭監督だが、一歩間違えれば陳腐でありきたりになりそうなこの物語を、よくもここまで独創的な作品に仕上げたものだと感心する。この話を1時間半ですっきりとまとめたのもいい。これはダラダラやってもだめなのだ。段取りを付けてテキパキとテンポよく、それでいて雑に見えない仕事ぶり。これはちょっと侮れない才能だと思う。要注目の作品だ。

(原題:Maelstrom)

2001年7月公開予定 銀座テアトルシネマ
配給・宣伝:ギャガ・コミュニケーションGシネマグループ
ホームページ:http://www.gaga.ne.jp/uzu/


ホームページ
ホームページへ