テルミン

2001/05/15 松竹試写室
手を触れずに音が出る不思議な楽器テルミン。
楽器と発明者がたどる不思議な運命。 by K. Hattori


 独創的な研究で知られる天才博士がいる。彼が発明する品々は、それまで誰も見たことのないユニークなものばかりだった。だがある日突然、博士は何者かに誘拐されて姿を消してしまう。誰が何の目的で博士を誘拐したのか、誰にも皆目見当がつかない。なんと博士は誘拐グループが用意した秘密研究所に送り込まれ、生命の危機にさらされながら秘密兵器の研究開発を強制されていたのだ……。まるでB級スパイ小説か子供のマンガのような陳腐な筋立て。だがこのB級スパイ映画ばりの人生を、文字通り生きた男がいた。世界初の電子楽器「テルミン」の発明者として知られる、レオン・テルミン博士だ。

 1920年にテルミンを発明した博士は、その後新しい楽器の開発やコンサート活動などの拠点をニューヨークに移していた。だが博士は38年のある日、研究所から数人の男たちに誘拐されてしまう。ソ連の秘密警察が博士を連れ去り、KGBの研究所で盗聴装置の開発などをさせていたらしい。これがB級スパイ小説なら、正義の味方が現れて博士を無事救出するのだが、テルミン博士がニューヨークに戻るのは、それから50年以上たったソビエト解体後のことだった。なんという人生!

 この映画はそんなテルミン博士の生涯と、彼が発明したテルミンという楽器を紹介したドキュメンタリー映画。テルミンはその音色を聞けば誰もが「ああ、どこかで聞いたことがあるぞ」と思う独特の音色だけれど、その実物を見たことがある人は少ないと思う。テルミンの基本的な構造は単純。木製キャビネットの中に大きなコイルがふたつあり、そこから伸びた2本の電極がキャビネット周辺に磁場を作り出す。演奏者が電極に手を近づけたり離したりすると、磁場の干渉によって音程や音量が無段階に変化していくわけだ。右手で音程をコントロールし、左手で音量をコントロールする。こう書くと単純そうだけれど、指先のちょっとした伸ばし具合や曲げ具合ひとつで、音程が千変万化する様子を見ると、これはちょっとやそっとの訓練ではマスターできない楽器だということがすぐにわかる。この楽器が注目を浴びながらも広く普及しなかったことのひとつには、演奏技法習得の難しさがあったのではないだろうか。

 基本的には生真面目なドキュメンタリー映画の原則を守っているのだが、この映画は驚きや感動と共に笑いに満ちている。最高におかしくて笑ったのは、ブライアン・ウィルソンがヒット曲「グッド・バイブレーション」の解説をするくだり。この人は言語明瞭意味不明で、何を言いたいんだかさっぱりわかりません。トッド・ラングレンが身振りと口まねでテルミン演奏の真似をする場面もおかしい。感動的なのはロシアで発見されたテルミン博士が、数十年ぶりにニューヨークを訪れる場面。かつての愛弟子だったクララ・ロックモアが、彼の前でガーシュインの「サマータイム」を演奏するシーンには胸が締め付けられるようだった。でもその後、彼女がカメラに向かって「カット!」と声をかけるのには笑った。

(原題:THEREMIN: AN ELECTRONIC ODYSSEY)

2001年夏休み公開予定 恵比寿ガーデンシネマ
配給:アスミック・エース エンタテインメント
ホームページ:http://theremin.asmik-ace.co.jp/


ホームページ
ホームページへ