魔王

2001/04/27 徳間ホール
ドイツ軍に協力して人喰い鬼になったフランス人捕虜。
主演はジョン・マルコヴィッチ。by K. Hattori


 映画『リュシアン/赤い小人』の原作者でもあるフランスの作家ミッシェル・トゥルニエの同名小説を、『ブリキの太鼓』のドイツ人監督フォルカー・シュレンドルフが映画化した作品。フランス、ドイツ、イギリスの合作映画。舞台は第二次大戦中のヨーロッパで、主人公はドイツ軍の捕虜になったフランス人。しかし映画は英語で撮られている。主演はジョン・マルコヴィッチ。音楽はマイケル・ナイマン。ちょっと豪華な顔ぶれだ。

 昔々、世界最強の王に仕えたいと願う男がいた。彼は最初ある王様に仕えたが、次には王より強い悪魔に仕え、さらに悪魔が恐れおののくキリストに仕えようとする。ひとりの隠者から言われるまま、旅人を背負って川を渡る仕事を始めた男は、ある日ひとりの幼い少年を背負って川を渡る。この少年こそ、姿を変えたキリストだった。この日以来、大男はクリストフォロス(キリストをかつぐ者)と名乗るようになったという。

 聖クリストフォロスは旅人の守護聖人として今も人気のある聖者で、最近のアメリカ映画『グリーンマイル』にも「聖クリストファーのメダル」というのが登場していた。フィンランド映画『白夜の時を越えて』にもクリストフォロス像が印象的に使われていた。こうした聖者はカトリックやプロテスタントといった宗派を問わず、ヨーロッパでは人々に広く親しまれているのだろう。信仰の形としては「学問の神様=天神様」とか「安産のお守り=水天宮」などと同じような御利益感覚だろうし、聖者伝はヨーロッパ人全体が共有する昔話として、日本人にとっての浦島太郎や桃太郎と同じような機能を果たしているのかもしれない。

 主人公アベルの数奇な運命は、聖クリストフォロス(クリストファー)の伝説をなぞるように進展する。アベルの育ったのが、聖クリストファー寄宿学校。主人公は最初フランス軍に入隊するが、戦場でドイツ軍の捕虜となり、自ら望んでドイツ軍の世話をするようになる。やがてアベルは士官学校で雑役夫として働きはじめ、訓練中の少年たちを世話することになる。これは王から悪魔に鞍替えし、少年を背負って川を渡った聖クリストフォロスの遍歴をなぞっているのだ。映画に描かれているのは現実の戦争だが、そのベースにあるのはヨーロッパで古くから知られている聖者の伝説。伝説と現実が二重像になることで、映画は寓話のような色彩を帯びる。

 原題の『THE OGRE』とは、昔話に登場する人喰い鬼のこと。主人公アベルが士官学校の勧誘係に抜擢され、近隣の村から子供たちをさらって歩く様子は、まさに民話の人喰い鬼だ。どう猛な犬を引き連れ、黒い馬にまたがり、フード付きのコートをスッポリと着込んだ姿は中世そのもの。これはクリストフォロスではなく、ジル・ド・レー(青髭)の少年狩りじゃないか。

 アベルに集められた少年たちがナチス教育にすっかり洗脳されてしまうくだりは、観ていて背筋がぞっとする。この映画のクライマックスは、じつはここなのです。

(原題:THE OGRE)

2001年8月下旬公開予定 シネ・リーブル池袋
提供:日活 配給・問い合わせ:ケイブルホーグ
ホームページ:http://www.cablehogue.co.jp/


ホームページ
ホームページへ